米国の第2次トランプ政権の統治スタイルには、従来の政権と隔絶した点がある。緊急権による強引で一方的な政策変更を、平時の統治手段として常用し始めたことである。
法の適正手続きを軽視した強制送還、南部国境への軍の展開、首都の治安・統治を巡る措置、そして日本にも波及する「相互関税」の導入は、いずれも緊急事態宣言とそれに連動する緊急権に依拠してきた。
危機が明白な場合に限定して緊急権を用いてきた慣行から大きく逸脱し、政策実現の近道として例外を常態化させている。
合衆国憲法は平時の統治構造と戦時の権限配分を規定するが、平時でも戦時でもない危機にはほぼ沈黙している。
そこで議会は建国期以来、緊急時に使用できる権限を制定法として個別に整備し、大統領はまずこれを用いてきた。適切な制定法がない場合には、憲法上の明示的または黙示的権限を根拠に行動し、議会が事後的に追認してきた。
こうした運用の積み重ねは大統領権限を拡張させた。ベトナム戦争とウォーターゲート事件後、議会は1976年国家緊急事態法で歯止めを試み、行使する緊急権の明示、緊急事態宣言の原則1年の期限、両院共同決議による終了を導入した。
しかし83年の最高裁判所判決により議会拒否権が違憲とされ、その後の制度運用のもとで、議会は緊急事態宣言を実効的に終結させる手段を大きく失った。現在、議会が大統領の宣言と権限行使を実効的に抑制する手段は乏しい。
トランプ政権以前の大統領は緊急権行使に比較的抑制的だった。緊急事態宣言の多くは国際緊急経済権限法に基づく経済制裁のためであり、その他もハリケーンや干ばつなどの自然災害、あるいは新型インフルエンザや新型コロナなどのパンデミックを対象としていた。危機の存在が誰の目にも明らかな領域に限定されていたのである。
転機は2019年、第1次トランプ政権による国境の壁の建設だった。議会が予算を認めないなかで緊急事態を宣言し、国防予算の流用で目的を達成した。
第2次政権はこの成功体験を踏み台に、緊急事態を広く宣言するようになった。25年夏時点で、1976年法制定以降の緊急事態宣言は約90本に達すると整理されており、そのうち相当数が第2次政権発足後の短期間に集中している。
不法移民、貿易不均衡と麻薬流入、エネルギー、国際刑事裁判所、ワシントンの治安など、トランプ大統領の政治的優先順位がよく表れる領域が並ぶ。
2025年4月2日の相互関税もこの枠組みに位置付けられる。こうした広範な再定義は、緊急権を例外から日常へと移し替える試みである。
米国大統領は前任者が拡張した権限を自ら縮小することは少ない。したがって第2次トランプ政権の実践は、特定の大統領の個性にとどまらず、緊急権を政策立法の代替手段へと押し上げ、平時統治のルール自体を長期的に変質させる危険を持つ。
立法過程の迂回が常態化すれば、抑制と均衡は形式的に残っても実質が痩せていく。この点で本政権は質的転換点にある。
こうした常用に待ったをかけ得るのは司法である。裁判所は危機認定そのものには踏み込みにくいとしても、その危機下で発動可能となる権限を法律の定めに即して行使しているかは審査し得る。
現在、国際緊急経済権限法による関税引き上げの適法性が連邦最高裁で争われており、同法の授権が関税措置をどこまで許容するのか、また許容するとしてもその範囲や態様に限界があるのではないかが焦点となっている。ここで制約が示されるかどうかは、緊急権の常用に対する重要な試金石となる。
http://www.21ppi.org/theme/usa/index.html
【経団連総研】
