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月刊 経団連 座談会・対談 ウイルスとの共存、そして新しい社会へ

特別寄稿
ウイルスとの共存、そして新しい社会へ
経団連会長 中西 宏明
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感染防止と経済再開の両立がウィズコロナ時代の要諦

2020年。多くの国民が希望や期待を抱いていた、この節目の年が、今日のような状況になるとは誰にも予想できなかっただろう。

新型コロナウイルス感染症が全世界に影を落とし、人々の健康と安全を脅かしている。感染拡大を防ぐため、各国は都市封鎖や国境をまたいだ往来の禁止など、人の移動を厳しく制限し、世界的な経済活動の停滞が生じている。経済活動を再開すれば、感染再拡大のリスクが高まるという、これまでにない困難な経済運営が迫られている。すでに、企業活動にも甚大な影響が生じており、企業は事業の継続と雇用の維持を最優先に必死の努力を続けている。感染防止と経済再生の両立に向けて、政府、自治体、医療関係者、経済界、専門家などのすべての関係者が叡智を出し合って、新しい経済社会構造を確立していく必要がある。

経団連では、新型コロナウイルス会議を設置し、政府とも連携しつつさまざまな取り組みを続けてきた。本稿では、その活動の一部を紹介するとともに、今後の課題について触れてみたい。

経団連では、3月に「新型コロナウイルス対策に関する緊急提言」を取りまとめ、短期および中長期の視点で講じるべき具体的施策を幅広く提示した。その内容は政府の経済対策に盛り込まれ、企業の事業継続・雇用維持の一助となっている。このほか、会員企業の皆様の多大なるご理解とご協力を得て、提言2章の①~⑨(「感染症拡大に対する経団連のこれまでの取り組み」参照)に掲げたような対応にも精力的に取り組んできた。

5月25日に緊急事態宣言が解除されるまでの一連の政府の対応は、感染拡大防止を最優先したうえで、特に大きな損失を被る業種への手当てを中心に、事業の継続と雇用の維持に向けて公的支援を講じるものが多かった。緊急事態という、これまでにない危機を乗り切るためには適切な対策ではあったが、財政上の制約などを考えれば、同様の対応を繰り返すことは困難であり、持続可能ではない。第2波、第3波の到来も懸念される。ウイルスを完全に撲滅することができない以上、ワクチンや治療薬の普及により本感染症がコントロール可能となるまで、ウイルスとの共存を前提とした社会、いわゆる「ウィズコロナ」の時代を生き抜いていく覚悟を決め、感染拡大防止を徹底させながら、経済活動を再開していくことが求められている。

求められる医療提供体制の整備

経済活動再開のカギとなるのが、医療提供体制や検査体制の整備である。医療従事者をはじめとする関係者のご尽力もあり、わが国の感染者数・重症者数・死亡者数は、多くの諸外国に比べて少なく抑えられてきた。しかし、今春の感染拡大の折、医療提供体制が逼迫した危機的状況を忘れてはならない。すでにさまざまな対策が講じられてきてはいるが、医療従事者の負担、病床の確保、医療機器・物資の供給、検査能力の確保といった各側面から、十分な備えがなされているか、慎重に検証することが欠かせない。

医療物資の供給確保に関しては、今回、医療現場において、マスク、ガウン、人工呼吸器等、感染症対応に必要な複数の医療物資について、調達できない事態が生じた。国民生活においてもマスクの不足が社会問題となった。経済界としては、各社が備蓄していた高機能マスクや医療用ガウン代替品等の現物を医療機関に寄付することで急場をしのぐ一助とするとともに、異業種を含む緊急増産支援への協力によって当座の物資供給に貢献した。しかし、新型コロナウイルス感染症の次なる拡大、あるいは将来の別の感染症の流行等に備えるためには、国の施策として、一定量の備蓄を検討する必要がある。また、国による買い上げなどの増産スキームの整備や、一定の国内生産能力の維持など、供給確保策を検討することも必要である。安定した医療物資の供給確保は安全保障上の問題であるとの認識に立ち、検討を急ぐべきである。

検査体制の拡充が不可欠

検査体制の拡充は、わが国が直面している最大の課題といっても過言ではない。周辺諸国と異なり、これまでSARS(重症急性呼吸器症候群)や新型インフルエンザによる打撃を大きくは受けることがなかったわが国では、結果としてパンデミックに備えた検査体制の構築が進んでこなかった面がある。次なる感染拡大も見据えて体制を拡充する必要がある。

経済活動の再開のためにも、検査は重要な役割を果たす。検査は万能ではないものの、企業活動を行ううえで、従業員や顧客の感染リスクを低減させることは必要不可欠であり、そのために、症状がない場合であっても検査を行うニーズが生ずる。

また、国境を越えた人の移動はわが国経済の生命線といえるが、現在、わが国も含め各国が国境を閉ざしており、結果として内外企業の経済活動は厳しく制約されている。国家間連携のもと、感染拡大防止を図りながら、早期に出入国制限を緩和していく必要がある。各国の感染状況が落ち着くまでの間、国境を越える移動にあたっては、陰性証明書等により出入国者が新型コロナウイルス感染症罹患者ではないと証明することや、入国者の行動や健康状態を一定期間フォローすることなどが前提条件になると考えられ、相当規模の検査が必要となる。なお、コロナウイルス対応の一連の出入国手続きは、これまでの出入国・検疫体制には存在しない新しい枠組みになる。政府には、ウィズコロナ時代の経済を支える新たな社会基盤として、効率的で一貫性ある省庁横断的な体制整備を求めたい。今後、経済活動の拡大とともに利用者が増大していくことや、出国前72時間以内の検査といった時間的制約を満たす必要性、相手国との相互性が求められることなどを考慮すれば、書面・押印・対面を排し、シームレスな電子的手続きにより出入国が行えるよう、国際的な整合性などを踏まえながら整備を図ることが重要である。

検査能力の増強にあたっての大きな課題は、検体採取能力の確保にある。経済界としては、企業内診療所・提携病院等での検体採取、渡航者向けPCRセンターの設置等に係る協力を行っていく。政府においては、唾液検体や抗原検査による結果が出入国時の陰性証明として活用できるよう交渉を進めるとともに、被検者の状態(症状の有無、感染リスクの高低)によっては簡易抗原検査キットを活用するなど、最大限効率的に検査が行われる環境整備を進めていただきたい。

次なる感染拡大を見据えて

緊急時の施策の実行、国民への適切なコミュニケーションなどを図るうえで、緊急時の司令塔機能を強化する必要性も浮き彫りとなった。非常時の権限集中のあり方、専門家によるバックアップ体制、自粛要請と補償・罰則のあり方、国民への透明性のある説明のあり方など、すでに顕在化した課題に向き合うことが求められる。

とりわけ、緊急時における、国と自治体、関係省庁間の関係や連携のあり方に関しては、国民目線からも納得性のある体制を整備しておくことが不可欠である。

感染拡大防止に向けて、科学的研究を進めることも欠かせない。重症化因子の特定や、新型コロナウイルス感染症特有の症状の探索、疫学的検証、さらにはこれまでの対策の有効性の検証と改善などにも取り組んでいくことが求められる。

すでにスーパーコンピューター「富岳」の活用が始まっているように、研究を進めるうえでデジタル技術の活用は極めて有力な手段である。翻って感染症対策の現場では、いまだに手書きやFAXが用いられ続けているという。すでに導入されている新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)の一層の普及、活用等を通じて、個々のデータの標準化や収集・活用を進める必要がある。

経済界としては、各業種が自主的に定めた「感染予防対策ガイドライン」の遵守徹底などの対策を講じていく。各社のリスクを適切に評価し、ワーストケースも見据え、十分な体制を整備しておくことが必須である。

ポストコロナ時代も見据えたデジタル化の推進を

デジタル化の遅れは、感染症対策だけでなく、わが国の社会全体に通底する課題であり、経団連としてもかねて警鐘を鳴らしてきたが、今般のパンデミックを通じて一層顕在化した。

緊急事態宣言のもとで「人と人との接触の8割削減」が掲げられていた頃を振り返っても、テレワークやウェブ会議が急速に普及した一方で、書面・押印・対面を求める数々の制度や慣行により出勤を余儀なくされたという事例は枚挙に暇がない。

一方で、今回の危機に際して、これまで長い間デジタル化が進んでこなかった教育、医療分野で、一部暫定的な措置も含め、デジタル技術の活用が行われるようになるなど、前向きな兆候も見られる。引き続きウィズコロナ時代に対応していくことだけを考えても、マイナンバーの徹底的な活用や、登校に制限があるなかでも学びを継続できるオンライン教材・オンライン授業の活用、医療従事者・患者双方の感染リスクを抑制するオンライン診療・服薬指導の継続および対応できる医療機関の拡大といった措置を講じていく必要がある。

仮に足元の危機が去ったとしても、歩みを緩めることは断じて許されない。人類がこのパンデミックを乗り越えた先の「ポストコロナ」時代を見据えれば、社会全体のDX(デジタル革新)は、わが国の国際競争力を左右する国家的課題である。DXが浸透するなかで、ヘルスケアの変革、フィンテックの台頭、さらにはMaaS(Mobility as a Service)に代表されるサービス化の進展等により、経済構造自体が転換していく。この構造転換が生む生産性向上が、新たな成長の原動力となる。

わが国のDXは、政府・自治体のDXを避けて完遂することはできない。デジタル三原則(注)の実践をはじめとするデジタルガバメントの構築に向けた取り組みを徹底して行い、国民視点で満足度が高い行政サービスが効率的に提供される仕組みを構築する必要がある。

政府のDXやデジタル三原則を阻む大きな壁は、国と自治体、また国のなかでも省庁間の垣根ではないか。デジタルプラットフォーム自体は、その性質上、集中的な仕組みとしていくことが必要となるが、これをどのように実現していくか、責任、権限、予算、組織のあり方等々も含めて議論を深めていかなければならないだろう。

新型コロナウイルス感染症の拡大を機に、世界各国のデジタル化、DXの動きは加速され、これを成長機会とする国際競争も激化するであろう。今般の危機を奇貨として一気呵成にDXを進め、レジリエントかつ持続可能で人間中心の未来社会「Society 5.0」の実現を図ることこそが、わが国の成長戦略の柱であると確信する。

ポストコロナ時代の新たな成長に向けて

DXの進展は働き方も改革する。ウィズコロナの下で急速に普及したテレワークによって、会社に通勤することや対面で行う仕事の意義が問い直され、新しい発見や可能性が明らかとなった。同時に、コミュニケーションの質の確保や人事評価、労務管理などの課題も浮き彫りとなった。自律的な働き方の定着は、当然にジョブ型雇用、成果による評価につながり、個々人のワークライフバランスに合致した多様な働き方やダイバーシティーも加速されよう。

また、大都市集中の脆弱性とテレワーク、ジョブ型雇用が相俟って、これまでにない地方での働きという新しい選択肢も増大するのではないか。地方での働きは、地方創生とともに日本が抱える最大の課題である少子化問題への対応にもつながる可能性がある。

パンデミックという歴史的な大事件の真っただ中にいる今こそ、われわれ一人一人が、同じ世界に戻ろうとするのではなく、新たなマインドセットでポストコロナ時代を想像、創造していくことが重要である。ここまで挙げた点に留まらず、世界に蔓延する自国第一主義、環境問題、エネルギー問題、今後の資本主義のあり方なども含め、新しい経済社会構造を考えていかなければならない。経団連としても、新たな成長戦略を秋にも取りまとめるべく検討を開始した。ポストコロナ時代の新たな成長の絵姿を描き出し、その実現に尽力していく。


(注)デジタル三原則:(1)デジタルファースト=個々の手続・サービスが一貫してデジタルで完結する (2)ワンスオンリー=一度提出した情報は、二度提出することを不要とする (3)コネクテッド・ワンストップ=民間サービスを含め、複数の手続・サービスをワンストップで実現する

図表 感染症拡大に対する経団連のこれまでの取り組み

① 医療物資の供給確保への協力

4月10日に会員に対して医療物資の緊急増産への協力を広く呼びかけた。
また、同月13日、24日には、医療現場で不可欠なN95/DS2規格の高機能マスクや医療用ガウン代替品等の社内備蓄の提供を呼びかけ、結果として計203社・団体および個人から、高機能マスク約130万枚、ガウン等各種防護具約9万点が提供された。これら物資は政府経由で、あるいは赤十字病院、労災病院の拠点から、各医療機関へと届けられた。

② テレワーク・時差出勤の拡大等に係る呼びかけ

感染予防に向けて、テレワーク・時差出勤の拡大に係る呼びかけを継続的に実施した。その結果、緊急事態宣言の対象が全国に拡大される前の段階で、テレワークを導入している会員企業の割合は約98%にのぼった。経済界によるテレワークの徹底は、感染拡大防止に大きな役割を果たすと同時に、働き方に対する人々や企業の考え方に影響を与え、社会変革のきっかけとなりつつある。

③ 感染予防対策ガイドラインの策定

政府が「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」において、事業者に感染防止ガイドラインの自主的策定を求めたことを受け、5月14日、オフィスおよび製造事業場において業種横断的に対応すべき事項を取りまとめた「新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン」を策定・公表した。同ガイドラインは、緊急事態宣言が順次解除されるにしたがい、「ウィズコロナ」時代に経済活動を再開していくうえでの指針として活用されている。

④ 雇用維持・採用活動への配慮等に係る発信・呼びかけ

会員企業に対し、事業の継続や雇用維持、2021年度入社予定者に対する積極的な情報発信と弾力的な対応等について、繰り返し周知徹底を図った。また、今回の国難を官民力合わせて克服する観点から、企業規模にかかわらず、雇用調整助成金の大幅な上限額の引き上げを求めて実現するとともに、雇用調整助成金の特例措置の内容や手続き等を解説した「経団連オンライン講座」(動画)を広く配信した。8月には、学生に企業説明会・採用選考会に参加する追加的な機会を提供する産学共同ジョブ・フェアが開催される。

⑤ 企業の資金繰りへの対応要請

新型コロナウイルス感染症の長期化を見据え、事業を継続し、雇用を確保するために、大企業・スタートアップ企業・中堅中小企業向けの資金繰り対策を要望した。

⑥ スタートアップへの支援要請

政府の中小企業者向け支援策を利用できないスタートアップもいることから、スタートアップに特化した支援策を求める提言「新型コロナウイルス感染拡大に伴うスタートアップ支援策を求める」を公表した。当該提言は、政府の第二次補正予算に反映された。

⑦ 規制見直しの動きへの対応

書面・押印・対面原則の見直し等、経団連緊急アンケートに寄せられた152件の規制改革要望を4月28日に内閣府に提出した。提出した要望も踏まえ、7月8日には官民による「『書面、押印、対面』を原則とした制度・慣行・意識の抜本的見直しに向けた共同宣言」が採択された。さらに、教育用端末一人一台の整備等によるオンライン教育の推進やオンライン診療の拡大等、デジタル化の推進を働きかけてきた。

⑧ 有価証券報告書や株主総会の取扱いをめぐる対応

有価証券報告書・四半期報告書等の提出期限の延長や株主総会の対応(継続会の開催、ハイブリッド型バーチャル株主総会の促進、招集通知添付資料のWEB開示の拡大等)、新型コロナウイルス感染症の影響に関する情報開示等について、関係省庁等との協議会において働きかけを行った。加えて、新型コロナウイルス感染症の拡大を踏まえた定時株主総会の臨時的な招集通知モデルを公表した。

⑨ 社会貢献活動の支援

企業による社会貢献活動の一環として、「臨時休校中の子どもと家族を支える緊急支援募金」(現「新型コロナ下の福祉活動応援全国キャンペーン」)への協力呼びかけのほか、様々な募金等の支援、会員企業等からの寄付物資の配付を実施した。

※ 提言「新型コロナウイルス感染症と両立する経済活動の再加速に向けて」(2020年7月16日)より

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