Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2014年1月23日 No.3162  目指せ健康経営/従業員の健康管理の最前線<最終回> -健康経営の普及に向けて

東京大学政策ビジョン研究センター健康経営研究ユニット特任助教
ヘルスケア・コミッティー会長
古井祐司

最終回では、わが国で健康経営が普及しつつある社会環境とその意義を考察します。

健康経営が動き出した背景の一つは、超少子高齢化や定年延長で従業員の平均年齢が上がることに伴って、病気のリスクが増加する構造にあることは11月28日号でお伝えしました。つまり、平均年齢が後ろにシフトすることで心筋梗塞など生活習慣病の重症化が増え、生産性にも影響を与えるのです。米国の健康経営に関する先行研究では、病気のリスクが増えるほど、生産性が有意に悪化することが明示されています(Lenneman・2011)。

■ 効果が上がる健康経営の構成要素

従業員の健康状況を同じ業種の企業同士で比べると、よく似ていることがわかってきました。このことから、業種特有の職場環境が従業員の生活習慣や健康行動を左右し得ることがうかがえます。実際、職場環境の改善で、従業員のリスク(高血糖)が大きく減少した事例を12月19日号で紹介しました。北欧を中心とした研究からも、職場環境が病気に伴う欠勤に影響を与えることが報告されています(Lund・2005)。

しかし、健康経営に取り組むことで他社との違いが生まれます。実際、健康経営を始めたある企業では、生活習慣病のリスクを有する従業員の割合が同業他社に比べて22%も低くなりました(古井・2013)。さらに、3年連続で健診を受診した従業員を経年で追跡すると、肥満率など他社では増加傾向にある項目が、この企業では減少傾向に転じていました。取り組みのポイントは、従業員全員に個々の健診データに基づいた意識づけを実施したことで、加齢に伴う健康状況の悪化に歯止めがかかったことです。欧米でも従来は高リスク者対策が重視されていましたが、30年間の研究蓄積から低・無リスク者の健康維持のほうが容易であり、かつ集団の全体効果を高めることの重要性が示されています(Burton・2006)。

このように、効果が上がる健康経営の取り組みは、職場環境の整備と従業員の意識醸成の二つの要素から構成されます。

■ 健康経営は日本から海外へ

昨年6月に閣議決定された「健康・医療戦略」の目玉である「データヘルス」は、データを活用して人と組織を動かすことで従業員の意識醸成と職場環境の整備を進め、健康経営の効果を上げることがねらいです(12月5日号参照)。そのため、健康・医療データが蓄積される健康保険組合・協会けんぽと母体企業との協働が大事になります(1月1日号参照)。

21世紀に入り、わが国の医療保険制度では他の先進諸国に先駆けて、国民への健診機会の付与と健診データの電子的標準化および蓄積を実現しました。データに基づく意識づけの技術などはすでに海外からも注目されており、予防医学の社会適用とノウハウの体系化を進めることで、健康経営の効果を高めるソリューションを海外へ普及させることが可能です。

先日、健康保険証の番号などを自分のスマートフォンに入力して、健診結果を閲覧したり、健康情報・アドバイスを受けたりした従業員が、「これから保険証は病気になる前に使います」と話されていたのは印象的でした(図表参照)。まさに、データヘルスが企業の健康づくりに活用されはじめました。

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