経団連は10月27日、東京・大手町の経団連会館で海洋開発推進委員会総合部会(河野晃部会長)を開催し、国際法学会代表理事の兼原敦子上智大学法学部教授から、海洋法の課題について説明を聴くとともに意見交換を行った。説明の概要は次のとおり。
■ 国際法上の国家の2つの側面
国際法とは、国家間で合意して結ぶ条約や慣習法である。国際法上の主体として、国家には2つの側面がある。
第一は、能動的あるいは積極的な側面である。賢明な国家は、国益と国際社会の共通利益を調和させるかたちで国際法の形成を主導することが重要である。
第二は、受動的な側面である。国家は国際法に規律され、国際法上の義務に従わなければいけない。
日本は第二次世界大戦の敗北後、世界の信用を得るために、国際法上の義務を守る姿勢を示し、受動的な側面を重視してきた。しかし、世界有数の経済大国となった現在においては、能動的・積極的な側面を強く意識すべきである。
■ ダイヤモンド・プリンセス号の事例
今年2月、イギリスを旗国とするクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号(以下、D号)が横浜港への停泊中に、新型コロナウイルス感染症が船内で拡大した際、特に国連海洋法条約との関係で日本がD号に取るべき対応が問題となった。
国連海洋法条約では、内水(領海より陸地側の水域)、領海、排他的経済水域という海域(図表参照)ごとに、寄港国および沿岸国が外国船舶に対して措置を取る権利と、船舶の旗国の権利との関係が異なる。D号は、寄港国である日本の内水の横浜港に停泊していたが、真水精製のため、領海、接続水域、排他的経済水域に出て再び内水に戻るといった動きをしたことで問題が複雑になった。
今回の新型コロナ対応では、公海において船舶は旗国の管轄権に服するという旗国主義のため、イギリスにも権利や義務があり、日本がD号に取れる措置には限界があるという論調が多かった。しかし、新型コロナの感染が拡大する緊迫した状況において、日本が公衆衛生上の措置を取ることは、国際法の2つの根本的原則に則り、(1)自国の領域や人を守る主権国家の権利であり、かつ、(2)感染を世界に拡大しない主権国家の義務――であった。
日本は、国際法の主体の2つの側面に基づいた主張をすべきである。第一に、受動的な主体として、現行の海洋法に従いつつ、寄港国である日本の権利が、旗国であるイギリスの権利に対して優先すると法的に主張すべきであった。
第二に、能動的あるいは積極的な主体として、国連海洋法条約の改正や、さらには新しいパンデミック海洋法を提唱すべきである。国連海洋法条約上の海域の区分ごとの国家間の権利と義務の関係を整理し、例えばパンデミックの際には寄港国が外国船舶に対して、実効的な感染拡大防止の措置を取れるようにすることが考えられる。日本は今回の経験を踏まえ、国際協力に基づいてパンデミック海洋法を形成すべく、積極的に発信していく必要がある。
わが国の海洋政策の立案には、民間も含めた多様な立場を踏まえて、国益を定義することが必要である。そのうえで、国際社会の共通利益に資する国際秩序を提案していくことが必要であり、海洋法の形成に向けて経済界の立場からの発言も極めて重要である。
【産業政策本部】