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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2023年8月3日 No.3601 幹事会で渡辺東京大学大学院教授が講演

渡辺氏

経団連は7月14日、東京・大手町の経団連会館で幹事会を開催した。東京大学大学院経済学研究科の渡辺努教授が「賃金と物価の好循環~そのメカニズムと実現可能性」と題して、講演した。概要は次のとおり。

■ 日本経済の特徴

約四半世紀もの間、慢性的なデフレが続いてきた日本でも、2022年春ごろから、国外で生じたインフレが国内に入り込むかたちで消費者物価が上昇した。実際に、日経CPINow(注)の推移をみると、23年7月初旬時点での上昇率が8%を超えるなど、足元では急性のインフレが生じていることがわかる。他方、他の先進国にはみられない現象として、日本では、従前と価格が変わっていない品目が格段に多く、社会全体としてみると、慢性デフレが根深く存在している。すなわち、慢性デフレという長年の課題を抱えたままのところに、急性インフレが入り込むかたちとなっているのが、日本経済の最大の特徴である。

■ 賃金・物価サイクルの変化と今後の課題

こうしたなかでも、日本経済は徐々に良い方向に進みつつあると考える。この1年の最も大きな変化の一つは、日本の消費者のインフレ予想が上がってきたことである。長いデフレにより日本の消費者のインフレ予想は低かったが、新型コロナウイルスのパンデミックや、ロシアによるウクライナ侵攻等を背景とする世界的なインフレを受けて、消費者のインフレ予想が上昇し、値上げ耐性ができてきた。21年8月に私の研究室が実施した調査では、日本の消費者は、値上げに遭遇すると他店に「逃げる」傾向がみられていたが、22年5月の調査では、値上げに遭遇しても他店に「逃げない」方が多数派に変わった。こうした傾向を企業が感知し、コスト上昇分の価格転嫁を積極的に行った。この結果、物価上昇を受けて、消費者の生計費が上昇し、労働者の賃金引き上げ要求が強まり、23年の春季労使交渉において高い賃上げ率を記録することにつながった。

賃金と物価の好循環が生まれつつあることは大きな変化である。こうした好循環が定着すれば、企業はプライシングパワーをもち、優れた商品開発のインセンティブをもつことから、イノベーションの加速が期待できる。また、労働者にはスキルアップに取り組むインセンティブが生まれ、労働生産性の上昇が期待できる。

一方、このサイクルが今後も続くかについては、楽観を許さない状況にある。物価面では、デフレ予想が根付いていた日本社会に、消費者のインフレ予想を定着させることがポイントとなる。また、賃金面では、24年の春季労使交渉が正念場となろう。

日本経済の成長に向けて、賃金・物価の好循環の2巡目、3巡目を着実に達成したうえで、成長と分配の好循環を実現するための取り組みを加速していくことが求められる。

(注)渡辺氏が創業者で技術顧問を務めるナウキャストが開発。POSデータ等を活用し、消費者が直面する実態に即した物価指数を算出

【総務本部】

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