経団連自然保護協議会(西澤敬二会長)は、専門家との対話を通じた知見の深掘りや企業とアカデミアのネットワーキング推進等を目的として、2024年度に続き25年度も「有識者を招いてのネイチャーポジティブ経営推進のための懇談会」を全5回シリーズで開催する。
4月16日、第1回会合をオンラインで開催した。東京大学大学院農学生命科学研究科の橋本禅教授から、生物多様性を巡る議論の変遷と今後の展望について、説明を聴くとともに意見交換した。説明の概要は次のとおり。
■ 生物多様性保全を巡る議論の転換
生物多様性保全に関する議論は、00年代前半まで希少種のための保護区の設定を巡る内容が中心であった。しかし、世界から1360人の専門家が参加して01~05年に行われた「ミレニアム生態系評価」で人間の福利に影響を与える「生態系サービス」という概念が加わったことにより、人々にさまざまな恵みを提供している自然をいかにして持続的に管理・利用していくかという議論へと転換した。これを受け、07年ごろから、生物多様性と生態系サービスの価値を経済的に評価・可視化することで、その主流化を目指す取り組みが始まった。これは、経済開発の持続可能性を判断するため自然資本を含む「包括的な富」指標を用いることを提案した21年の「ダスグプタ・レビュー」へとつながった。
■ IPBES設立による生物多様性に関する議論の加速
12年4月、「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学~政策プラットフォーム」(IPBES)設立により、生物多様性の議論はさらに加速した。IPBESでは、生物多様性や生態系サービスに関するさまざまなテーマや方法論に関し、専門家がアセスメントを実施し、得られた科学的事実をまとめた報告書を作成する。報告書には政策決定者向けの要約も含まれている。これらを加盟国が採択して条約交渉の基盤が整備されるようになったことで、ルールメーキングや科学的知見に関する国際合意が進展するようになった。
IPBESは、21年に「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)と連携し、気候変動と生物多様性の関係に関するレポートを共同で作成・公表した。同レポートは、気候変動の制御と生物多様性の保全は相互依存関係にあることを示すとともに、気候変動のみに焦点を当てた対策は生物多様性に悪影響を及ぼす恐れがあること、生物多様性の保全・再生において気候変動対応を考慮することで相乗効果を得られることへの認識が高まった。
IPBESが19年に公表した地球規模評価報告書は、生物多様性保全には、陸・海の利用変化や漁獲・狩猟等の直接要因だけでなく、その背後にある、人口、生産・消費パターン、経済活動・技術利用、貿易、技術革新、ガバナンス等の間接要因への働きかけも必要であることを明らかにした。
■ 今後の展望
これまでのアセスメントを通じて蓄積した科学的知見は、28年に公表予定のIPBES報告書「生物多様性と生態系サービスに関する第2次地球規模アセスメント」に反映される。生物多様性条約(CBD)による30年以降の目標設定にも大きな影響を与えるだろう。企業が生物多様性への対応を進めるうえで重要な手掛かりとして、CBDの交渉状況に加え、同報告書の指摘内容も注視していく必要がある。
【教育・自然保護本部】