
鶴岡氏
経団連は8月26日、東京・大手町の経団連会館で日本ロシア経済委員会(橋本剛委員長)を開催した。国際安全保障、現代欧州政治を研究している慶應義塾大学の鶴岡路人教授から、欧州から見たロシア・ウクライナ戦争について説明を聴くとともに意見交換した。説明の概要は次のとおり。
■ 米ロ間の停戦・和平外交の力学
トランプ政権は、米国の負担を軽減することなどを目的に、停戦の実現を目指していた。当初ウクライナ側は、停戦が成立すれば現在の戦線が固定化され、占領された領土の回復が難しくなるために停戦に消極的で、米ウクライナ間では意見の食い違いがあった。
このため、2月末に行われた米ウクライナ首脳会談は決裂した。ただし、その後は欧州諸国による仲介もあり、ウクライナも停戦を受け入れる姿勢に転じている。
一方でロシアは、「紛争の根本原因の除去が必要」との立場を崩していない。米国が早期停戦を求めるなか、ロシアは時間稼ぎを図っているという構図が浮かび上がっている。
こうしたなか、8月15日に米国・アラスカ州で米ロ首脳会談が実施され、同月18日には米ウクライナ首脳会談も実施された。交渉における力学は常に変動しており、「交渉のボールがどちらのコートにあるのか」が今回の外交戦のカギを握る。
■ 「安全の保証」を巡る米欧協力とロシアとのすれ違い
ウクライナは、ロシアの再侵攻を防ぐためには「安全の保証」が不可欠だという立場を崩していない。
欧州諸国に加えて米国も一定の関与姿勢を示すようになった。停戦が実現した後には、欧州の有志連合によるウクライナへの部隊派遣が計画されている。有志連合は米国に対して、インテリジェンスの提供や、万が一ロシアの再侵攻が起きた際の支援を要請している。
一方でロシアが求める「安全の保証」とは、ウクライナがロシアにとって脅威とならない状態の維持を意味する。具体的には、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)非加盟や軍事力の縮小といった、ウクライナの主権や独立を損なう要求が含まれている。ウクライナがこれらを受け入れる可能性は低い。
「安全の保証」という言葉は米欧ロの三者間で共通して用いられているが、その中身は大きく異なる。それぞれが目指す方向性が一致していないという現実を見誤ってはならない。
■ 欧州にとってのロシア、対ロシア関係の将来
歴史を振り返ると、ロシアにゴルバチョフ氏、エリツィン氏、プーチン氏といった指導者が登場するたびに、欧州諸国は「協力可能」「合理的な若いリーダー」「欧州型の近代国家を目指す存在」として期待を寄せてきた。
しかし、その期待は毎回裏切られ、同じ誤りを繰り返してきたというのが実情である。次のロシア指導者に対しても、欧州が同様の幻想を抱くことが懸念される。
欧州とひとくくりに語られることが多いが、ロシアに関する欧州内の認識には大きな温度差がある。
これまでロシアへの期待を主導してきたのは、地理的に距離のあるドイツやフランスだった。一方で、ロシアと国境を接するポーランドやバルト諸国は、「ロシアは変わらない」という前提に立ち、過度な期待そのものを危険視してきた。
両者の認識のギャップは顕著である。ウクライナのEU加盟プロセスが進展するなか、欧州がロシアに対してどこまで統一的な立場を築けるかが問われている。
【国際経済本部】