渡辺氏
経団連は4月9日、東京・大手町の経団連会館で経済財政委員会(柄澤康喜委員長、鈴木伸弥委員長)を開催した。会合では、物価を巡る現状とその背景について、東京大学大学院経済学研究科の渡辺努名誉教授から説明を聴くとともに意見交換を行った。説明の概要は次のとおり。
■ 慢性デフレの構造
2022年春まで日本はデフレ環境であり、賃金が上がらなくても生活が成り立っていたため、労働者や労働組合が企業に賃金引き上げを強く要請することはなかった。企業も人件費を商品価格に転嫁することを迫られず、商品価格は据え置かれてきた。
この循環が、物価が横ばいで推移してきた30年間の構造と指摘できる。
■ インフレ環境転換の要因
しかし、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった22年春から日本はインフレ基調に転換した。この要因として3点が指摘できる。
1点目はインフレ予想の高まりだ。報道やSNS等を通じ、欧米でエネルギー価格の高騰を受けた物価の混乱が起きている事実を知ることで、日本の生活者もインフレ予想を高めた。
2点目は持続的な賃金引き上げだ。女性や高齢者の労働参加による労働投入増が限界を迎え、人手不足が進行するなか、賃金上昇の動きも持続性を帯びてきた。
3点目は脱グローバル化だ。各国政治が不安定化し、グローバル化の進展が足踏みするなか、生産拠点を先進国に回帰させる動きが見られる。先進国の高賃金労働者を雇用することでコストは増えるため、インフレ方向への圧力となる。
■ 「物価と賃金の好循環」定着に向けて
一方で「物価と賃金の好循環」が完全に定着したとは考えていない。日本の生活者は実質賃金の先行きに悲観的であり、デフレ時代の考え方が残っているとも考えられる。
これを転換させるためには、賃金の伸びが物価に劣後する分を自動的に次回の賃金改定で補填することを労使間で取り決める「キャッチアップ条項」の導入や、政労使一体となった中長期的な賃金に対する予想を安定させるための情報発信などが有用だろう。
■ イラン情勢の影響
22年のロシアによるウクライナ侵攻時のショックと、26年4月のイラン情勢の影響を比較する。
22年当時はインフレ予想の上昇に加え、コロナ禍での制限により消費先がなく、積み上がった貯蓄(いわゆる強制貯蓄)の存在もあったため、値上げに対する家計の耐性が高く、持続的なインフレ環境が実現する一因となった。
26年4月時点もインフレ予想は高まっているが、われわれが実施しているアンケートによれば家計の値上げ耐性は高まっていない。そのため、直接影響を受ける原油関連品目以外へのインフレの波及は限定的と現時点では考えている。
しかし、物価を巡る今後の状況は財政政策によって左右される。財政により過剰に家計が支援される場合、悪性インフレに陥るが、家計支援が全くなければ、「物価と賃金の好循環」は再び失速してしまう。財政出動の規模には留意が必要だろう。
【経済政策本部】
