デニーン氏
中島研究主幹
経団連総合政策研究所(筒井義信会長)の資本主義・民主主義研究プロジェクト(研究主幹=中島隆博東京大学東洋文化研究所教授)は6月2日、米国・ノートルダム大学のパトリック・J・デニーン教授を招き、東京・大手町の経団連会館で懇談会を開催した。
デニーン氏は、著書『リベラリズムはなぜ失敗したのか』で展開した主張を軸に、米国経済におけるリベラリズムの変容と、経済界の今後の課題や展望について講演し、参加者と意見交換を行った。講演の概要は次のとおり。
■ 米国リベラリズムの変容
第2次世界大戦直後の米国では、国民は自信に満ち、社会的関係を大事にするエトス(規範意識)が共有されていた。企業は社会的存在として、自らの役割を単なる利益追求より社会貢献に求めた。
しかしその後、石油危機、ベトナム戦争、日本ほか各国の経済的台頭などにより、米国は次第に自信を失っていった。
企業行動も、利益を重視する一方で、社会貢献をコストと見なすように変わっていった。経済学者も、企業は株主価値を重視すべきで、株主に還元すべき利益を社会貢献に費やすことは誤りだと強調するようになった。
かつての「社会的企業」といった理念は変質し、株主価値を重視して収益性・効率性を追求する企業が求められるようになっていった。
レーガン大統領(当時)は、このような「ネオリベラリズム」と称される考え方に基づき、小さな政府、規制緩和、金融自由化などによる「レーガノミクス」を推進した。以後の政権も、ネオリベラルな政策を遂行した。
こうしたなか、2008年に金融危機が発生した。ネオリベラルな経済政策によって株主価値は向上したが、政府のリスク管理の弱体化や無責任な投融資などが露呈し、世界規模の金融システム破綻につながった。以後の米国経済も、格差拡大の方向で推移している。
米国には、多様性、平等性、包摂性を追求する動きもあった。
いわゆるDEI(Diversity, Equity, Inclusion)は、差別や偏見などから個人を自由にし、平等で多様性が認められる包摂的な社会を実現するリベラルな政策として、特にオバマ大統領時代に重視された。
先進的と言われる企業も「ウォーク(woke)」と呼ばれたインテリ層と共に推進し、社会的評価を得るまでになった。
しかしDEIが浸透するにつれ、「企業のこうした動きは投資家の思惑を背景とした表面的なものだ」「DEI自体は社会的・文化的摩擦を引き起こすものだ」と指摘されるようになってきた。
ネオリベラルな経済政策も、リベラルなDEIも、成功したが故に、その先に失敗があったと言える。こうした文脈のなかで、リベラリズム的な考え方を無責任なものと批判し、否定するトランプ大統領が人気を獲得した。
■ 経済界の課題と展望
ネオリベラリズムに基づく経済政策やDEIの推進は、成功したが故の失敗をもたらし、経済界と市民との間に社会的結束の喪失が発生している。そうしたなかでトランプ大統領は、経済界が歓迎しない関税政策や移民政策を講じている。
われわれは、かつて存在した社会的企業を再構築する必要がある。大企業は株主や特定グループだけではなく、社会全体に責任を持つべきだ。裕福でなくともきちんと生きていける安心感のある世界を再興しなければならない。
企業には、長期的な視点で物事を判断し、利益追求にとどまらず社会を支えていく力があるはずだ。
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意見交換では、デニーン氏と中島研究主幹が、故宇沢弘文東大名誉教授が提唱した「社会的共通資本」の意義や、現在の米国キリスト教カトリックの役割について議論した。参加者からは宗教や道徳について積極的な発言があった。
