野口氏
経団連は9月9日、東京・大手町の経団連会館で、社会保障委員会(小堀秀毅委員長、根岸秋男委員長)を開催した。
早稲田大学政治経済学術院の野口晴子教授が、「人口減少社会における社会保障の持続可能性~医療・介護の『給付・負担・提供体制』をどう再設計するか」と題して講演した後、意見交換を行った。概要は次のとおり。
■ 改革を考える基本視点
社会保障を取り巻く環境は大きく変化している。(1)人口減少に伴う制度を支える側の縮小(2)高齢化に伴う医療・介護の複合ニーズを持つ85歳以上人口の増加(3)物価上昇(4)人手不足――が同時に進行している。
なかでも人手不足による供給制約は最も深刻な課題だ。社会保障の持続可能性確保に向け従来議論されてきた財政的持続可能性に加え、サービス提供の持続可能性が課題となっている。
財源を確保しても人手が確保できなければ、サービスは届けられない。今後の社会保障制度には限られた「ヒト」と「カネ」を社会的価値の高い領域へ再配分していく視点が重要だ。
今後の改革では、所得・疾病リスク・医療の価値に応じて、真に必要な人・サービスを厚く保障する重点化を進めていくことが重要だ。
その際には、健康、QOL(生活の質)、家族介護、労働供給、企業等への波及も含めた社会全体のコストで評価することが不可欠だ。
(図表のクリックで拡大表示)
■ 医療提供体制
日本では、医師数が経済協力開発機構(OECD)の平均を下回るうえ、診療科および地域間の偏在がある。
一方、病床数はOECDでも極めて多い。コンピューター断層撮影装置(CT)や磁気共鳴画像装置(MRI)の台数も最多水準にある。
このため、限られた人員が、多い病床と設備に薄く広く配置されている状況だ。
集約化、機能分化、連携、デジタルトランスフォーメーション(DX)などを進め、「限られた資源の再配置・最適利用」につなげる方向で医療提供体制を改革していく必要がある。
重視すべきは施設を維持することではない。地域住民に必要な医療機能を持続的に確保することだ。
■ 介護提供体制
2040年に向けて、85歳以上人口が増加し、介護需要が増加する。ただし、その動向は全国一律ではなく、地域差が極めて大きい。
三大都市圏では35年に介護需要のピークを迎える保険者が多い一方、町村部ではすでに24年以前にピークを迎えた保険者も多い。
利用者が減少すれば、事業者の採算・人員確保は困難になるが、必要なサービスは残す必要がある。全国一律の基準だけでなく、人口減少地域における、配置基準の柔軟化、ICT活用・事業所間連携、包括的な評価の導入などの改革が求められる。
介護政策では、家族介護者も重要な観点だ。家族介護は統計に表れにくく、過少評価されやすい。
公的介護サービスの縮小などによって家族へ負担が移転すれば、介護者の機会費用(注)が増え、就労確率や労働時間の低下を通じて企業・経済にも影響を及ぼし得る。
家族介護者は公的介護従事者の約7倍で、家族介護の経済的価値は年間2兆9350億~6兆6460億円と推計される。社会保障は企業にとってコストだが、同時に、労働供給を支える基盤でもあることに留意すべきだ。
■ EBPMの推進
制度設計の段階から完全な制度を目指すだけでなく、EBPM(証拠に基づく政策立案)に基づいて検証と修正を繰り返し、段階的に改善していくことも重要だ。
そのため、制度改革の設計段階で、事後に効果を評価できる仕組みをあらかじめ組み込むことが求められる。
EBPMを進めるうえで必要なデータについては、患者・利用者側の整備が進む一方、提供側の従事者に関する情報は十分とはいえない。人材がサービス提供の制約となるなか、提供側のデータ整備が急務だ。
(注)ある選択をしたために得られなかった利益や価値
【経済政策本部】
