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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2018年4月26日 No.3360 解任・辞任相次ぐトランプ政権とパリ協定<下> -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究主幹(東京大学公共政策大学院教授) 有馬純

前号では、2018年に入ってからのトランプ政権上層部人事の相次ぐ入れ替えについて触れた。

ここでこの点について明確にしておきたいが、これらの一連の人事リシャッフルは温暖化問題が背景にあるわけではまったくない。コーン委員長、ティラーソン長官、マクマスター補佐官についてはトランプ大統領との通商政策、外交政策上の食い違いが理由である。

しかし、今回の動きは米国のパリ協定に対するポジション決定(予定どおり離脱するのか、最終的には目標を見直して残留するのか)に対して少なからぬ影響を与えることになるだろう。バンクス特別補佐官、コーン委員長、ティラーソン長官はいずれも政権部内にあってパリ協定残留を主張してきた面々である。これに対し、カドロー氏、ポンペオ氏、ボルトン氏は温暖化問題について懐疑的であるとされる。

筆者は3月15~16日にワシントンDCでエネルギー温暖化問題の有識者と意見交換をする機会を持った。その際、温暖化懐疑論者として有名なマイロン・エーベルCEI(Competitive Enterprise Institute)エネルギー環境担当ディレクターは「今回の一連の動き(バンクス特別補佐官の辞任、コーン委員長辞任、ティラーソン長官解任)は誠に喜ばしい。政権内部でパリ協定に同情的なのはクシュナー・イヴァンカ夫妻とマクマスター補佐官くらいしか残っていない。クシュナー氏はいずれホワイトハウスを離れるだろうし、マクマスター氏も辞任が近いといわれている(事実、上述のとおり辞任となった)。ポンペオ氏には下院議員時代に再エネ補助金カットについてアドバイスをしたが、彼はパリ協定を含む国連のフレームワークに極めて批判的だ。またカドロー氏もリバタリアンであり、アンチパリ協定である。ポンペオ新国務長官にはぜひ米国の気候変動枠組み条約脱退を実現してほしい。またパリ協定を上院に送付し、否決してもらいたい」と語っていた。

筋金入りの気候変動懐疑派が歓迎しているのだから、今回の人事がパリ協定残留に対してよい影響があるとは思えない。特に19年11月の離脱通告、20年11月の離脱の際、政権内で米国の残留を主張すると思われる人々がいなくなってしまったことは痛手である。

ポンペオ氏が就任して気候変動枠組み条約からの離脱やパリ協定の上院送付をするかは未知数だ。そもそも北朝鮮問題を含め課題が山積するなかでプライオリティーの低い温暖化問題に時間を費やすとは思えないからである。また気候変動枠組み条約はブッシュ・シニア政権で批准されたものであり、脱退には共和党内でも異論があろう。オバマ政権が行政権限で批准したパリ協定を上院に送付するというアイデアも、今後の米国政府の行政協定締結の手足を縛る前例になりかねないので国務省の法律専門家は強く反対すると思われる。

筆者が懸念するのは、トランプ大統領の離脱方針とは別途、米国の国益確保のため、パリ協定の詳細ルール交渉に米国代表団を送り、引き続き交渉に参加させるという現在の方針が維持されるかということだ。この点については筆者のワシントンDC滞在中、パリ協定を支持する複数の専門家から懸念の声が聞かれた。

仮に温暖化問題に冷淡とされるポンペオ新国務長官のもとでパリ協定詳細ルール交渉から米国代表団が実質的に撤退することにでもなれば、交渉における先進国のレバレッジに悪影響が生ずる可能性が高い。中国を含む途上国は先進国には厳しく、途上国には甘いレビューメカニズムを主張しており、米国不在のもとで途上国寄りの決着となった場合、パリ協定の実効性が大きく削がれるのみならず、将来の政権交代時に米国がパリ協定に復帰することを難しくするだろう。これは米国を含むすべての主要排出国が参加する公平で実効ある枠組みを目指してきた日本にとって、ぜひとも避けたいシナリオである。

もとより万事が予測困難なトランプ政権のこと、今から将来を占うことは詮無いことだ。しかし最近の動きから判断する限り、米国のパリ協定残留に向けたハードルは上がってしまったと考えることが妥当だろう。

【21世紀政策研究所】

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