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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2018年8月2日 No.3372 米国における主要産業の転換プロセス~特定地域(シアトル)の事例から学ぶ -21世紀政策研究所 解説シリーズ/立教大学経済学部経済学科教授 山縣宏之

山縣教授

前稿「現代米国で主要産業の転換を可能とした要因」に続き、本稿では、特定地域(シアトル都市圏)で主要産業が転換した事例を検討する。主要産業の転換が他地域でも起こり得ること、またそのための「条件」を示唆していることを論じたい。

■ 航空宇宙産業からソフトウエア産業への転換

シアトル都市圏は太平洋岸北西地域のワシントン州にあり、航空機メーカー(宇宙事業も持っているので航空宇宙企業といわれる)ボーイング社が2001年まで本社を置き、現在でも民間航空機部門事業の中枢の1つである。1990年までのシアトル都市圏は、同社の影響力が非常に強く「航空宇宙企業都市」と表されてきた。冷戦終結を期に同社は事業再構築を迫られ、シアトルにおける影響力も低下したが、現在でもシアトルの主要企業の1つであり続けている。

代わってシアトルで急成長し、新たな主要産業となったのがIT産業、特にソフトウエア産業である。マイクロソフトの成功がシアトルのグローバルIT都市としての成功を決定づけ、さらにAmazon、タブローなどIT技術を駆使するイノベーション企業群が誕生し、企業の「創業環境」が整ったことから、技術的には直接関係はないスターバックス、タリーズなど飲料系イノベーション企業もシアトルから育つことになった。もちろんここで書いた理解は間違いではないが、より注意深く主要産業転換のプロセスを検討すると、もともとの主要企業であるボーイング社の「隠れた貢献」が浮かび上がってくる。

ボーイング社は、シアトル都市圏で民間航空機の開発・組み立てを行っており、最盛期には約10万人という膨大な数の社員を雇用し、うち5万人近くが経営管理職種社員や知識労働者(科学者、エンジニア)であった。企業経営に通じている人材、航空宇宙産業に関連する膨大な数の知識労働者をシアトル都市圏に集めていたのである。同社は70年代初頭にジャンボ機を開発したが、当初販売見込みが低調で経営危機に陥り、約6万人を解雇、レイオフせざるを得なかった。知識労働者のうちある程度の部分は全米の同業界に転職していき、生産労働者も都市圏からの流出もあったが、シアトルで別の仕事を探す者が多かった。シアトルは「ボーイング不況」という深刻なリセッションに陥ることとなったのである。

■ 新産業形成における既存産業の「隠れた貢献」

ところが当時のシアトルでは、地元経済界が「ボーイング社員を救おう」と考え、新たな産業基盤の形成に向け動き出した。港湾関係、貿易関係の産業、集積し始めていた専門サービス、文化芸術産業など次世代産業をサーベイし、経済発展戦略を策定したのである。

当時進み始めていた「サービス経済化」の流れに乗り、このような産業が育ち始め、ボーイング元社員(主として知識労働者)は、ベンチャーキャピタルやビジネスエンジェル(個人の投資家)としてリスクマネーを提供し、一部は自ら起業した。主に事情のよくわかる航空宇宙産業関係であったが、各種サービス産業の企業経営の担い手にもなったうえに、シアトルで不足していた貴重な「企業経営のトレーニングを受けている人材」として、シアトルにおける各方面での企業経営に寄与したことが知られている。

ボーイング社は80年代前半に再び大規模なリストラを余儀なくされたが、このころシアトルではIT産業、特に民生用ソフトウエア産業が発展しつつあった。同社の知識労働者は、その黎明期に創業者として一部寄与したことが判明しているほか、ソフトウエア企業の経営スタッフとして貢献した。

シアトルのIT、ソフトウエア産業のエンジニアの多くは、ボーイング社出身者ではなく新たに雇用されたソフトウエアエンジニアであり、最近ではインド・東欧等からグローバルに雇用されている。しかし、企業経営に欠かせない経営管理がわかる人材として、各企業少数ずつではあるがボーイング社出身者が雇用されてきた経緯がある。マイクロソフトの成功、Amazonの出現による「グローバルIT都市」としての成功の背景に、このようなボーイング社の人的資源面での「隠れた貢献」があったことは、他地域の主要産業の転換プロセスにも示唆を与えるものと考える。

【21世紀政策研究所】

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