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月刊 経団連 巻頭言 衣食足りて礼節を知る

十倉雅和 (とくら まさかず) 経団連副会長/住友化学社長

同世代で集まる懇親会は、決まって、自分の「孫」と「病気」の話題になる。大変残念ではあるが、今回は、私の孫の話ではなく、別の話をさせていただきたい。

こうした話題を少し俯瞰してみると、これは、日本の「未来(子ども)」と「現在(高齢者)」の暗喩のようにも思えてくる。

まず、現在に目を向けてみれば、果たして日本の社会保障制度は持続可能なのだろうか。超高齢化社会を迎える日本の社会保障費は拡大する一方、財源をはじめ制度の持続可能性は、非常に心もとない。

また、未来に目を向けてみても、日本は、人口減少社会を迎え、将来的に現在の豊かさを維持できるのであろうか。若年者における非正規雇用の拡大は、モチベーションを奪い、日本の労働生産性を抑制している。また、潜在成長率が1%を切る現状にあっては、経済成長のかけ声もむなしく響く。

しかし、悲観してばかりもいられない。吉川洋先生は、昨年出版された『人口と日本経済』という新書のなかで、日本において「『人口減少ペシミズム』が行き過ぎている」と一喝されている。人口減少は大きな問題であるが、経済成長のために、より重要なことはイノベーションであると。われわれ企業人は、新たな需要を生み出すプロダクトイノベーションを実現するべく、事業に邁進していかなければならない。

ただし、イノベーションがすべてを解決するというのも幻想だ。昨年世界を驚かせた、Brexit(英国のEU離脱)や、トランプ大統領など、その事象の根底には、格差の拡大や貧困の問題による社会不安があるように思う。

「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるように、日々の暮らしが安定してこそ、人々は理性的な判断が可能となるのではなかろうか。日本も、こうした世界的な潮流に対して、人ごとではいられない。格差の拡大や貧困の問題にきちんと目を向け、社会不安を解消するため、所得の再配分を促す税制や、持続的な社会保障制度の確立に着実に取り組まなければならない。

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