生成AIの登場から数年。AIは文章や画像をつくる存在から、自ら判断し行動する「AIエージェント」へと進化した。そして今、AIがデジタル空間を飛び出し、現実世界で動き、働く「フィジカルAI」の時代が幕を開けようとしている。フィジカルAIは周囲の状況を自ら認識、判断しながら、従来、人が担ってきた複雑で非定型な作業を自動化する。人手不足や技術継承といった現場の課題を解決する技術と期待される。
しかし、AIが物理空間で動き始めると、誤った判断やサイバー攻撃による影響が、電力・水道などのインフラや工場設備の破損や生産停止、さらには人命にかかわることにまで及ぶ。AIそのものを安全に設計することはもとより、社会全体として技術と制度の両面を整えることが、安全性確保のための喫緊の課題である。
技術面の取り組みとしては、OT(Operational Technology)セキュリティが挙げられる。多くの人には耳慣れない言葉かもしれないが、OTとは、物理的な設備や機器、プロセスを監視・制御する技術やシステムを指す。フィジカルAIの普及に伴い、これまで以上にネットワークに接続された設備や機器の導入が進み、サイバー攻撃から守るべき対象も増えるため、現場の設備と通信の状況を可視化して、常時その挙動を監視するOTセキュリティ対策が重要となる。フィジカルAIの世界では、自律的なAIの動作を常に監視して統制するシステムの導入をセットで考えることが不可欠であり、OTセキュリティは、これらの安全な運用を支える土台となるであろう。
制度面の整備も求められる。AIがインフラに組み込まれれば、一企業の不具合や脆弱性が社会全体に波及し得るため、技術対策と同じ重みで、社会としての合意形成が必要になる。AIにどこまで権限を委ねるのか。何を最優先で守るのか。事故時に誰が責任を負うのか。こうした問いに、政府、自治体、企業、研究機関が知見を持ち寄り、共通のルールを策定することが急務である。
AIが「考える」時代から、「現実世界を動かす」時代へ。求められているのは、個々の技術を磨き上げることと、官民が連携して共通のルールと相互の信頼を築くこと。この両輪を着実に前へ進めることが、世界に類のない安心・安全なフィジカルAI社会の実現につながる。そして、その挑戦が、日本をフィジカルAI分野の世界的リーダーに押し上げる原動力になると確信している。