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月刊 経団連 多様性に育まれた教育の現場から世界の不均衡に斬り込む

JOINnovator! ─DE&Iを楽しむイノベーターたち
星 友啓
スタンフォード オンラインハイスクール校長
Tomohiro Hoshi
1977年東京生まれ。東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程卒業。
その後渡米し、Texas A & M 大学哲学修士、スタンフォード大学哲学博士を修了。
同大学哲学部の講師として教鞭を執りながらオンラインハイスクールのスタートアップに参加。2016年から校長に就任。
現職の傍ら、哲学、論理学、リーダーシップの講義活動や、米国、アジアに向けて教育および教育関連テクノロジー(EdTech)のコンサルティングにも取り組む。全米や世界各地で教育に関する講演を多数行う。著書に『スタンフォード式 生き抜く力』(ダイヤモンド社)、『スタンフォードが中高生に教えていること』(SB新書)、『脳科学が明かした!結果が出る最強の勉強法』(光文社)、『全米トップ校が教える 自己肯定感の育て方』(朝日新書)。最新刊は『子どもの「考える力を伸ばす」教科書』(大和書房)。
(紙面PDF版はこちら

スタンフォード大学のオンラインハイスクールで2016年から校長をしています。米国・北カリフォルニアにある中高一貫のオンラインスクールで、生徒は米国全土からだけでなく欧州、アジア各国にもいます。スタートアップで試みが始まった頃から関わっていて、もう15~16年になりますね。

ブラック・ライブス・マター運動のきっかけとなった事件から学んだこと

DE&Iの大切さについて考えていく際には、2013年に米国で起きた事件を思い起こします。10代のアフリカ系米国人の子どもが白人の警察官に射殺されてしまいました。白人警官が無罪になったことで、#BlackLivesMatterが生まれ、米国中に広がっていきました。これは2020年のブラック・ライブス・マター運動につながっていきます。

米国では法整備が整ってきているけれど、まだ人種差別が残っていることを理論では理解しているつもりでした。しかし、事件が起きたときに生徒や親たちの反応に接して、万全な社会ではない現代にあって、どのように生徒たちをサポートしていけばいいのかを改めて考えさせられました。私たちのオンラインハイスクールでは、様々な国や地域に暮らす生徒たちがそれぞれの考え方を持っています。今後も正面から向き合うべき大きな問題であるということを学校の中で体感しました。

グローバルな多様性が育む教育の現場で

生徒もスタッフも多様な属性を抱えていて、学校自体が多様性の中から生まれたイノベーションといえます。バックグラウンドの違う人たちからの声を活かしながら、みんなの居心地が良くなるようなインクルーシブなコミュニティーをオンライン上につくっていくのです。それは、個々に違う観点がなければできないことでした。

多様性が導いてくれるポジティブな側面は日々感じています。当校の特色は、文化的バックグラウンドが異なる生徒たちが集まっていることであり、それに加えて、違う場所にいながらオンラインで同じ時間を共有できるところにあります。例えば、米国の大統領選挙は世界的なニュースになりますが、生徒たちは各国、各地にいるので、目にする報道は同一ではありません。そうした中で各々が考え、意見を発表することで、新たな発見や気付きが生まれ、議論を通じて実感を持って考えていくことにつながります。これは、グローバルなクラスルームだからこその良さです。

不均衡や差別的な習慣をなくすための3つの大事な原理

DE&Iが必要とされるのは、逆説的に言えば、不均衡や差別的な習慣が現状の社会にはあるからです。そうした社会的な課題に対応するにあたって、いつも生徒たちに意識的に伝えていることが3つあります。

1つ目は、無意識のバイアス、偏見に気付くということです。無意識の言動が誰かにとっては嫌な行動となることがあるということを認識しましょうと伝えています。

2つ目がオープン・ダイアローグの重要性です。自分の考えと異なる意見が出てきたとき、意見が違うから終わりというようなクローズドの対話(ダイアローグ)ではなく、相手を理解していく姿勢を重視しています。

3つ目は寛容の原理です。これは、オープン・ダイアローグに近いのですが、相手が間違ったことをしていると思っても「合っている」と捉えていく考え方です。そして、それを前提として、相手の考えをどう解釈すると「合っている」ということになるのかを考えていくのです。これらを3つの大事な原理として伝えています。

相手の考えを理解するマインドセットを育てていく

具体的に説明すると、まず無意識のバイアスを減らすには、柔軟性が求められます。常に学んでいくという心掛けで、相手に失礼なことをしてしまったら、そのときは自分で直すという成長のマインドセットを持つことが大事です。

オープン・ダイアローグについては、自分と違う意見に出合ったときに、相手の考えの道筋を理解し、肯定するところから始めます。「認知的共感」とも言われるもので、「それは違うでしょう」という反応ではなく、「あなたはこう考えているのですね」と理解を示します。そうすると相手も敵対心を持ちにくく、対話が広がります。まずは言動で示すのが第一歩なのです。1つの意見があれば必ず反対の意見があることに対するマインドセットを、常に持っておくとよいと思います。

その流れで寛容の原理のマインドセットを整えます。相手に反論するのではなく、なぜ相手はそう言ったのか、その理由や気持ち、発言の奥にあることを考える癖を付けましょうと伝えています。この3つのルールとマインドセットは、多くの先行研究を分析し、どうすれば実践しやすいかを考えながら、作り上げていったものです。

教育の現場にも求められるDE&I

人種や年齢、性別や性的指向など様々な属性について、差別的な対応や不均衡は間違っていたという気付きの概念がDE&Iであり、現代社会でとてもプライオリティーの高い課題です。

教育分野では、世帯収入や生育環境などの社会的なステータスに由来する教育格差が生まれています。米国は特にですが、日本でも徐々に格差が明らかになる中、教育はより裾野を広くして機会を付与すべきです。当校は、ある一定の学習到達度の子どもたちに無償プログラムを提供していますが、これからはもっと裾野を広げていきます。米国では今夏からDE&Iを目的としたサマープログラムも始まります。

見えにくい不都合を解決していくモチベーション

DE&Iは日本でこそ広めるべき、とも考えています。米国は分かりやすい社会といえるのです。肌の色も所属する文化も異なる人たちが共に暮らしているので、衝突や不均衡が分かりやすい形で見えてきます。しかし日本では、差別の形は見えにくくなっています。多様化が進んできてはいますが、まだまだです。DE&Iのコンセプトを日本の文脈で広めていくことこそ、社会にとって必要であり、強く求められていることではないでしょうか。

こうしたことを実践していくうえで、私が理想としている人物は、キング牧師です。人種差別の問題をダイバーシティで乗り越えたすばらしい人です。ルールが差別のもとになっているのであれば、そのルールを変えよう、ということを学ばせてもらいました。「国が動いてくれない」と不平を言うよりも、自分ができることから行動に移すことが大事だと思っています。

教育の不均衡を解消したいという問題意識から、十数年ずっと教育現場にかかわり続けてきました。これからも教育機会の格差をなくすため、様々な場をつくっていきたいと思います。世界中の子どもたちに教育の機会を届けていきたいですね。当校の成功で、オンラインでも素晴らしい教育ができることを証明することができました。ただし、スタンフォード大学オンラインハイスクールという文脈における少人数の生徒たちに向けての成果なので、今後はもっと広げていきたいという目標を持っています。オンライン教育は教育格差を解消するために有意義なものですから。

日本の課題は子育てを巡る教育現場や親の負担感

帰国時に教育関係者から相談を受けたり、オンラインコミュニティーで先生方と対話をしたりする中で、人員不足による負担増、先生方の業務量に驚かされます。日本の教育現場はどんどん改善していかないといけません。

もう1つ重要と感じられるのは、親を取り巻く状況です。子育てのプレッシャーがとても強く、重圧感が年々上昇しているとの調査結果もあります。これをやらせないと子育てしていない悪い親だと思われるのではないか、という悩みにさいなまれがちなのです。「そうじゃないですよ」とフォローをしてあげたいと思います。親へのサポートはとても大事なので、機会があれば日本でもメッセージを発信していきたいです。周りからサポートすることによって、子どもたちを取り巻く環境は良い方向に変わっていきます。

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