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月刊 経団連 巻頭言 力強い日本経済の確立のために

冨田 哲郎 (とみた てつろう) 経団連審議員会議長/東日本旅客鉄道会長

失われた30年の要因は何か。端的に言うと、短期利益に偏ったガバナンス(企業経営の基軸)が一因だったのではないか。本来、企業経営の基軸とその評価指標は業種や業態ごとに異なるものであり、定型的・他律的な基準や指標で画一的に決定、評価されるべきものではないはずである。今一度、各企業が中長期的な社会的視座に立ち、将来的に企業価値を向上させ続けるために、何を基軸とするかを再考すべきだ。

このまま停滞が続くのか、日本経済再興の道に進むのか。時代の分岐点にある今こそ、我々企業の果たすべき役割が何かを考え、経済界として今後の経営のあるべき座標軸を発信し、行動しなければならない。

人口減少下の日本社会では、持続的に成長し産業競争力を高めるために、労働生産性の向上が必須である。これを支えるものは、技術革新やDX等の投資のほかに、働く人の心のありようといえる「心の生産性=エンゲージメント」を高めることだ。働き手の「自らの未来は自ら拓く」「働かされるのではなく、自ら働く」という気持ちが労働の質の向上につながり、結果として生産性を上げることができる。経営者には働き手の力を最大限に引き出し、伸ばし、活かせる選択肢や活躍の舞台を作ることが求められる。

あわせて、日本企業は行き過ぎた株主至上主義のもと、低コスト・低リスク・短期利益第一という安定志向の経営がなされ、国内投資が抑制され経済成長を阻害する「安定と停滞」の悪循環に陥ってきた。この負の連鎖を断ち切るため、過剰な株主還元を是正し、バランスの取れた資金配分により国内の設備、技術開発、人的資源に資本を振り向ける必要がある。DX・GXを軸とした地方活性化、デジタルやエネルギー分野への投資、バイオやモビリティなど新たな科学技術の力によるイノベーション創出、人への投資の促進が重要だ。

力強い日本経済の復活による企業の成長、成果の適正な分配、消費拡大というサイクルが、サステイナブルな資本主義を確立するための根幹である。安定と停滞の30年に終止符を打ち、新たな資本主義の持続的発展に向け、今こそ経営者の意思による主体的、自律的な企業ガバナンスを確立することこそ、私たちに課せられた責務である。

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