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月刊 経団連 巻頭言 イノベーションと人間の役割

小坂 達朗 (こさか たつろう) 経団連審議員会副議長/中外製薬特別顧問

世界の問題は深刻化・複雑化している。地球環境の変化、地政学的対立、人口問題、経済の停滞、科学技術の制御、社会秩序の揺らぎなど、それぞれが困難な課題であるうえに、相互に絡みあっている。これらの解決にあたっては、環境か成長かといった一方の選択ではなく、循環型社会のように両立可能な方策を追求しなければならない。

そのためには、従来は両立が難しいとされた目標や互いに無関係と思われていた領域を俯瞰した発想が求められる。政治、経済、科学の分野で、対立する考え方を昇華させ、新たな関係性を見いだすことで、イノベーションが実現する。そして、現代ほど切実にイノベーションが望まれる時代はない。

では、イノベーションにおいて人間が果たすべき役割とは何か。近年のAIの進歩は目覚ましい。博識さでは個人を圧倒し、問題解決の面でも人間以上の成果を見せ始めている。今後のイノベーションで、AIが重要な役割を果たすことは間違いない。しかし、AIは真の意味で未来を描くことはできない。今日のAIが行っているのは、既存のルールやデータに基づいた演算や推論だけだ。未来をかたちづくる、ゼロをイチにする活動は、ニュートンやアインシュタインのような人間の直感や感性が源泉となる。

また、イノベーションの最も重要な要素である価値創造において、価値を判断できるのも人間だけだ。価値観の摩擦や衝突の中で、人類の進むべき道を見いだすためには、個々の利害を超えた構想力と行動が必要だ。欲求5段階説で有名なマズローは晩年、第6の段階として「自己超越」を提唱した。自己の欲求を超えて他者や社会全体の利益を追求する段階である。このような自己超越の精神を持った人々が、人類の未来を切り拓く。若い人々が社会課題へ意識を向け、活動していることは大変心強い。私自身も、バイオトランスフォーメーション(BX)実現への取り組み等を通じて、次世代が活躍する基盤の確立に向け、微力ながら貢献していきたい。

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