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月刊 経団連 巻頭言 日本のソフト・パワー

野田 由美子 (のだ ゆみこ) 経団連副会長/ヴェオリア・ジャパン会長

トランプ前米国大統領の再選可能性が現実味を帯び、生成AIで作られた偽情報が飛び交い、戦争・紛争は終わりが見えない。分断と混迷を深める世界の中で、食料、エネルギー・資源、軍事のいずれにおいても自立できない日本は、どのような存在として世界に必要とされる国となれるのだろうか。

グローバルサウスの急速な台頭により、かつての経済的地位はもはや望めない今、日本の未来への鍵を握るのはソフト・パワーだ。といっても、アニメや食などの文化、外国人が称賛する日本人の規律や礼儀正しさ、安全で清潔な街にとどまらない。日本が本質的に訴求すべきソフト・パワーには、自由、民主主義、そして包摂がある。

英エコノミスト誌の調査部門エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)による「民主主義指数」ランキングにおいて、2023年、日本は16位にランクインした。167カ国・地域の調査対象のうち、24カ国・地域しかない「完全民主主義」と評価されるグループの一角を担っている。これに対して、米国は28位に甘んじ、「欠陥民主主義」と評されるグループに分類されている。何とも皮肉なことに、日本はいまや米国をしのぐ民主主義のフロントランナーなのだ。ソフト・パワーの提唱者、ジョセフ・ナイ氏(ハーバード大学特別功労教授)も「ポピュリズムと権威主義が台頭する中で、日本のソフト・パワーが上昇している」と期待を寄せる。

ソフト・パワーの発揮には、豊かな中間層の存在が欠かせない。多様な意見を受け入れ、より包摂的である中間層こそが、「互いを尊重する寛容さ」と「互いを気遣う仲間意識」を基盤に、健全な民主主義の担い手となる。

この点で、経団連が提唱する「成長と分配の好循環」の実現は極めて重要だ。成長に向けた競争が格差を生むのは避けられないが、格差の拡大と固定化は防がねばならない。われわれ経営者も、歯を食いしばってイノベーションを生み出し、利益を上げ続けると同時に、従業員や取引先に正当に報いることが求められる。自由と包摂を両立させ、安定した社会を堅持することは、世界に訴求しうる価値といえよう。

世界の人々から憧れられ、仲間として必要とされる日本を構築する挑戦に、経済界が果たす役割は決して小さくない。

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