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月刊 経団連 最初の変化の兆しをつくる ─Be the change that you wish to see in the world

JOINnovator! ─DE&Iを楽しむイノベーターたち
松中 権
認定NPO法人グッド・エイジング・エールズ代表
プライドハウス東京代表
公益社団法人Marriage For All Japan 結婚の自由をすべての人に 理事
Gon Matsunaka
1976年、金沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、電通に入社。海外研修制度で米国ニューヨークのNPO関連事業に携わった経験をもとに、2010年、NPO法人を仲間たちと設立。2016年、第7回若者力大賞「ユースリーダー賞」受賞。2017年6月末に16年間勤めた電通を退社し、二足のわらじからNPO専任代表に。LGBTQ+と社会をつなぐ場づくりを中心とした活動に加え、全国のLGBTQ+のポートレートをLeslie Keeが撮影する「OUT IN JAPAN」や、2020年を起点としたプロジェクト「プライドハウス東京」等に取り組む。 NHKドキュメンタリー番組「カラフルファミリー」が話題に。
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僕は、認定NPO法人グッド・エイジング・エールズの代表として、LGBTQ+などの性的マイノリティーの人たちが暮らしやすい世界をつくるために様々な活動をしています。

現在、「プライドハウス東京レガシー」というLGBTQ+に関する情報発信を行うホスピタリティー施設の運営に携わっています。この施設では、安心で居心地のよい居場所を目指して、子ども・ユース向けの情報提供や法律、いのち等テーマ別の無料相談などを行っており、様々な専門家の方々が関わってくれています。僕自身も留学先の豪州メルボルン大学に、クイアルームという学生が安心できる場所でカミングアウトしました。

その際の自然な対応に「自分が自分でいるのはこんなに気持ちがいいんだ」と初めて大きく深呼吸をしたような気持ちになりました。多様性というもの、皆が受け止め合えば、こんなにも自由な世界があるんだ、と感じた瞬間でした。

「みんなちがって、みんないい」という言葉で思考停止をしない

「みんなちがって、みんないい」というフレーズが苦手です。本当は「みんなちがって、どうしよう」とか「みんなちがって、この部分だけはよくわからない」とか困惑や不安があるはずなのに、これさえ言っておけばうまく収まるだろうと、小利口にその場を逃げるための思考停止ワードになっている気がするんです。

僕は、長い間、自分がゲイであることを否定して、ばれないように気にしながら生きてきました。いつも周りの人たちの会話に耳をそばだて、その人の発言の裏側にはジェンダーバイアスがあるとか、聞き手はどう受け止めるのか、自分だったらどう感じるのか、ネガティブに周りの言葉ばかりを気にしていました。そんな自分の姿勢が、当時は嫌でたまりませんでしたが、様々な立場の人たちの気持ちを考えてきたことが、今の自分の活動にプラスになっているように思います。もちろん、今でも自分の意識が足りないことに気付くことがあります。

2015年から行っている「OUT IN JAPAN」というプロジェクトでは、写真家が日本全国に暮らす性的マイノリティーの方々のポートレートを撮り、各地で巡回展示をしています。この東北での撮影会のときに、この展示がカミングアウトを強要、礼賛しているように感じるとの指摘を地元のクローゼット(性的指向や性自認を公表していない状態)の方から受けました。それまで、カミングアウトがそのように捉えられるなんて考えたこともなく、そうした可能性に気付けなかったことがすごくショックでした。そこで、地元のクローゼットの方々と意見交換をして、「私がカミングアウトしない理由~CLOSET IN JAPAN」というイベントと、お互いに協力して同時開催することになりました。展示期間中はたくさんのクローゼットの方々が、ボランティアスタッフとして関わり、座談会でも意見を交わすなど、とても貴重な体験となりました。

見えているものがすべてではなく、違いを乗り越えていくには対話が必要で、そのことに自分がどれぐらい意識的になれるかが大切だと痛感しました。誰かがネガティブに感じるかもしれないという認識をきちんと共有できたらいいですよね。また、当事者だけに何かを強要することにならないように気遣うことも大事です。例えば、自己紹介シートなどに、性別欄を設けなければ、カミングアウトするかしないかで、トランスジェンダーやノンバイナリーの人を悩ませることはなくなります。

配慮に欠ける言動があっても互いに指摘できる関係性を築きたい

とはいっても、どんなことでも100%気遣うことは難しいと思います。知らないうちに「他人の足を踏んでしまう」ということは、どうしても起きます。その時に「踏んでいますよ」と言える空気をつくるのが大事なのかなと思っています。

僕は「権」という名前です。ある研修会で、「自分の性のあり方がわからずに悩んでいた子どもの頃に、女の子だったらゴンミかな、ゴンヨ、ゴンコかなとノートに書いてみたけれど、女の子っぽい名前にならなくて」というエピソードを笑いながら話したことがあります。すると、終了後にある参加者から、「私の子どもはトランスジェンダーで、名前のことで苦労している。先ほどのような笑い話にされると、嫌な気持ちになる人がいるかもしれません」と教えてくれたため、「もうこのエピソードは話さないでおこう」と決めました。こうやって、「私の足を踏んでいますよ」「ごめんなさい、今度からこういうふうに立ちますね、でもまた踏んでしまったら教えてください」とお互いに言える関係を築ければ、みんなが暮らしやすい世界になるのではないでしょうか。

価値観が異なる相手との関係は、知ることから始まると考えています。たくさんの思い込みがあります。性的マイノリティーが「目に見えない存在」になっていたら、その人たちが見えないというだけではなく、その人たちがぶつかっているものや、困っていることが見えにくいのだと思います。そうしたことを可視化していくためには情報が大切です。情報を得たうえで、それでもわからないことがもちろんあるので、そこでさらに対話が必要になるのです。知識や情報がゼロのまま対話を始めてしまうと、前提となる情報がお互いにない中で、知らない間に相手の足を踏むことになってしまうかもしれません。

コミュニケーションの秘訣は3つ
共通点探し、意見衝突時のクールダウン、楽しくて大きな目標共有

僕がコミュニケーションを取るために心掛けているのは、まずは相手との共通点を探すことです。違いを探すより、共通点から接する方が、人は仲良くなれるし、最初のきっかけを作りやすいからです。例えば、同郷と聞くとうれしい気持ちになるのと同じです。少しでも共通の話題があると、近付くきっかけになると思うのです。

2つ目は、意見の相違からぶつかった時は、一晩寝てクールダウンするようにしています。ぶつかり続けると、お互いに疲弊するし、火がついてエスカレートすることもあります。時間をおいて冷静になったら、別のアイデアが出てきてポジティブな対話が始められるかもしれません。

3つ目は、ちょっと無理かなというくらいの大きなゴールを設定すること。楽しそうだけれど、一体どうやって実現するのだろうか、というぐらい大きな目標を一緒に考え、実現に向けて行動するのです。そのプロセスのなかで、お互いのことを知ることもでき、仲間になれます。

例えば、プライドハウス東京は、NPO、企業、大使館など、70以上の団体と個人が集まるコンソーシアムです。関わる人が多いだけにぶつかることもあります。そういう場だからこそ、性的マイノリティーの方もそうではない方も「みんなが安心・安全に過ごせる場所とは」という大きな目標を一緒に持って、皆で話し合いながら活動を進めています。

同じような考え方の人と一緒にいる方が、呼吸も合うからコミュニケーションのロスが少なくて楽なのです。だからこそ、例えば、教育現場や職場を意識的にいろいろな立場の人がいる場所にしていくとよいと思います。隣り合えば、話をするきっかけも生まれ、お互いを知ることができます。ポジティブにそういう場を作っていきたいですね。

悩んだ時に思い出す言葉
「小さくてもいいから、最初の変化になりなさい」

「Be the change」というガンジーが言ったとされる言葉が好きです。「Be the change that you wish to see in the world」と続きます。世界にこんな変化がほしいと思ったら、あなたがその最初の変化になりなさい。立ち止まったり、悩んだりすると、この言葉を思い出すんですよね。「小さくてもいいから、最初の変化になりなさい」というように解釈しています。最初の変化の兆しを作るのは大変で勇気もいるけれど、自分は率先してそうありたいし、最初の変化を作ろうとして、ちょっとでもいいから動き出す人には敬意を表したいと思います。

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