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月刊 経団連 目標はタワシになること

JOINnovator! ─DE&Iを楽しむイノベーターたち
岡戸 伸樹
日本HP 代表取締役 社長執行役員
Nobuki Okado
HP Inc. の日本法人、日本HPの代表取締役 社長執行役員。2003年に日本HP(当時、日本ヒューレット・パッカード)に入社し、エンタープライズ事業を経て、PCやプリンティングを扱う事業部へ異動。その後、Eコマース、個人向けPC、デジタル印刷事業などの戦略分野に従事し、2021年11月から現職。組織のダイバーシティ(多様性)や女性社員の活躍を推進する社内活動「Women's Impact Network Japan (WIN Japan)」のエグゼクティブスポンサーも務める。
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HPの創業者は、ヒューレットとパッカードという2人の人物で、創業時点で既にダイバーシティがあったとも言えるでしょう。オープンドアポリシー(上司と話しやすい社風)やフレックスワークプレイス(柔軟に働ける職場環境)をはじめ、今で言うDE&Iにも、早い段階から取り組み、それを組織の文化として醸成してきた会社です。

異分子を積極的に導入することでイノベーションが生まれる

20年ほど前に私は初めてチームをリードする仕事に就きました。既に関係性が出来上がっていた5人ほどのチームの中に途中から加わり、苦労しながら意識改革などを進めました。ある意味で私自身が「異分子」の役をすることが多かったのです。

ビジネスが成功し、組織が大きくなり始めた頃には、既存のカルチャーに馴染むような同質性のあるメンバーを増やしていきました。そうすると、チームの状態としては非常に良く、生産性も向上しました。しかし、それには限界がありました。大きなイノベーションのような不連続な成長が起こりづらくなったのです。

人間の身体は、外から異分子が入ると免疫反応を起こします。熱を出したりしながら、免疫力を高め、体が強くなっていきます。組織も同様に、意識的に異分子を取り入れることが、イノベーションを起こすうえでは非常に大切だと思います。新しい知やスタイルを持った人が入ってくることで、全然違うアイデアや考えが生まれます。自分たちの幅、許容力が広がり、組織も活気付いて進化するのです。これは非常に大きなポイントだと思います。

衝突を恐れずにコンフリクトマネジメントをしっかり行う

そうしたことを感じたため、次はイノベーションを起こすことを意図して、「この人とは一緒に仕事がしづらいだろうな」と違和感を持つような異質なメンバーを採用するようにしました。しかし、せっかくスキルセットやバックグラウンドが多様なメンバーを採用したのに、その強みを活かしきれませんでした。そうした失敗が何度も続いた原因の1つは、私自身の覚悟の甘さです。メンバー間でぎくしゃくしたときに、どうしても短期的な目標の達成を優先し、もともといるメンバーの意見の方に私自身がなびいていました。

強みと弱みは表裏一体です。「角を矯めて牛を殺す」ということわざがありますが、私自身が異質なメンバーの強みを信じ切れず、弱みに変えてしまっていて、何の特徴もない方向に導いていたのです。しかし、DE&Iを成功させるには、各人の強みに焦点を当て、衝突を恐れず、しっかりとしたコンフリクトマネジメントを行っていくことが必要です。

異分子を受け入れるリーダーの覚悟

私が異分子を受け入れることに失敗した根本的な理由は、リーダーとしての長期的な覚悟を決められていなかったことだと考えています。

同質性は居心地が良いものです。特に日本人のアイデンティティーにとって、大切なものであるように感じます。歴史を振り返っても、例えば、日本が鎖国していた江戸時代、純粋な同質性があったからこそ、非常に優れた文化が生まれたのだと思います。一方で黒船が来て海外と接触し、近代化が一気に進みました。穏やかなトランスフォーメーションの背景には、薩摩・長州・土佐・肥前の人たちの優れたリーダーシップがありました。フランス革命のように大きな流血を伴う民衆主導の革命と比べると非常に日本的ではないかと思います。

日本では特に、異文化を受け入れ、大きく次のステップに上げるという段階において、リーダーの覚悟が大切だと思っています。リーダーがしっかりと目指すところを見定めて、旗振りをしていくことが大事なポイントです。

多様な人を受容するワークスタイルへ

多様なメンバーにそれぞれの強みを発揮してもらうには、DE&IのうちのE、すなわちEquity(公平性)が重要だと思います。似たような言葉のEquality(平等性)は、「全ての人が人間らしくいられる」という意味合いが強く、人を集合体として捉えたものです。発展途上国などに比べると、日本はこの点はすでにある程度担保されていると言ってよいはずです。それに対してEquityは、個に焦点を当てた考え方です。どんな人でもパフォーマンスを発揮できるように最適な形を準備するのがポイントだと思います。私が失敗した点は、ここの部分であり、異分子が来たときに、ワークスタイルという面で彼らをサポートできなかったところなのですね。新しい人を採用しても、ワークスタイルが既存のままだと彼らは躊躇するでしょう。チームの文化や仕事の仕方を含め、間口を広げ、多様な人が来ても、自分らしさを発揮できるように環境を整えることが大事だと思います。

日本のDE&Iのヒントは「八百万の神」

日本に馴染むやり方で、日本なりの目標を設定しながら、日本HPのDE&Iを着実に実行することが、今の私の最大のミッションです。

DE&Iは、西洋で早く進んだ考え方だと思いますが、貿易や人の交流の中で、次の段階に昇華していきました。それをそのまま思想も日本に持ち込もうとしても、うまくいかないはずです。日本なりに感度を高くして取り入れ、昇華させていくことが重要だと思います。

その際、1つのヒントになるのは、日本の「八百万(やおよろず)の神」の考え方です。日本の昔の書物を読むと、緩くていいかげんな、とんでもない神様がたくさん出てきます。ある意味で日本には、ダイバーシティがもともと根付いているのです。そのようなことも念頭にイメージしながら、一方ではしっかり効率化や改善を進めていきながら、ブラッシュアップして良くしていく、ということができないかなと思っています。

目標はタワシ、トゲを増やして丸くなる

私は、「タワシのようになりたい」と思っているのです。タワシは、見た目としては丸い、ミクロに見るとトゲの塊です。これが、多様性を進めるリーダーのポイントだと思います。会社の代表をやっていると、いろんな人と接する機会がありますし、限られた時間の中でいろんな意思決定もしていくことが求められますが、安易に迎合せず、どういうものにも真剣にぶつかっていかないといけないと思っています。入ったばかりの人であれ、定年間近の人であれ、誰に接するときも、なるべく同じトーンで向き合うように努めています。トゲでしっかり刺していくことによって、相手の反応もしっかりと分かるのです。でもあまりトゲが少なすぎると、剣山に刺されたように痛くて、人が寄り付いてくれません。そういう意味で、少しずつ他のトゲも増やしながら、一緒に接している人達が心地よく、磨いても痛くなく、そして汚れが落ちブラッシュアップされるような、そうした存在でありたいなあと思っています。

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