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月刊 経団連 違う考えに出会ってもたじろがない

JOINnovator! ─DE&Iを楽しむイノベーターたち
片野坂 真哉
ANAホールディングス会長
Shinya Katanozaka
1979年4月、全日本空輸入社。社長室グループ経営推進部在籍時、全日空のスターアライアンス加盟に主導的な役割を担う。以降、人事部長、常務取締役執行役員、専務取締役執行役員などを経て、2015年よりANAホールディングス代表取締役社長、2022年4月より現職。
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ANAホールディングスの会長を務めています。当社は、日本中、世界中のお客様に安全で快適な旅をお届けしている航空会社です。私は社長に就任した2015年に「ダイバーシティ&インクルージョン宣言」を行いました。共生社会の実現を目指し、「お客様の多様性への対応」と「持続的成長を担うひとづくり」の2つの柱を軸とし、グループ全体でDE&Iの取り組みを進めていく決意を示しました。当社にとってのDE&Iの出発点といえます。

多様性あふれるエアラインビジネスを支える風土

ダイバーシティは多様性、エクイティは公平公正、インクルージョンが包括性。いずれも大事ですが、私は特に多様性が大切だと考えています。飛行機はパイロットが操縦し、キャビンアテンダントがお客様のお世話をします。飛行機の安全を守るためには整備士が24時間365日、心を込めて整備をします。さらに、航空券を販売するマーケティング担当の社員もいますし、空港の現場で定時運航を支えるオペレーション部門の社員たちもいます。エアラインビジネスは、ありとあらゆる職種の人々がチームとなって、力を合わせて働いてくれているおかげで成り立っています。また、お客様自身も、そしてそのニーズも多様化しています。そうしたことを前提に、エアラインとしてのサービスをアンコンシャス・バイアスにとらわれずに考えていかなければいけない時代です。まさにダイバーシティです。

当社は毎年1回、グループ全体で「DEIフォーラム」を開催しています。グループ各社の様々な部署から300名ほどの社員が集まり、ゲストスピーカーの講演から気づきを得ながら、ディスカッションを行っています。社員同士がDE&Iについて徹底的に議論しあう、という取り組みです。こうした自由な意見交換ができる風土はいいなと思います。

女性の活躍を後押しする制度を

ここ1年ぐらいでしょうか。2030年までに女性役員の比率を3割にしようという「30% Club Japan」の運動が日本でも拡がりました。もちろんANAも参加しており、具体的な方針を決めることになりました。2030年に30%という目標の達成は簡単なことではありませんが、取り組んでいく価値があります。そこで「できるだけ早く達成しよう」という一文を組み込みたいと思い、社内でディスカッションを繰り返しました。その時の女性の役職員との対話から様々な本音に触れることができました。数値目標だけで進めるのはどうなのか、という疑問。目標達成のために女性社員の評価に下駄を履かせるのではなく、公正に評価をしてほしいという要望。いろいろな意見が出てきました。

今の役員会を見渡すと男性がほとんどです。女性客室乗務員の役員登用は以前からありましたが、マーケティングなど、他の部門からも女性を登用していくべきだと考えています。加えて外国人のボードメンバーを受け入れることも課題です。

DE&Iがイノベーション創出の源泉

2015年の「ダイバーシティ&インクルージョン宣言」中に、「D&Iを新しい価値創造(イノベーション)の源泉と考え」という一節があります。そこで、この7、8年間に我々の中で何かイノベーションが進んだのか、改めて社員とディスカッションしてみました。確かにDE&Iで多くのイノベーションが生まれています。それらは必要に迫られて生まれるものであり、それが企業の力になります。

例えば、機内での座席位置によっては、トイレに行く時など、隣席をまたいで通路に出なければならない不便さがあります。それを解消したいという思いから、隣り合わせの席の位置を前後にずらして、直接通路に出ることができるようにシートを配置するというイノベーションが生まれ、国際線ビジネスクラスの「スタッガードシート」として大変好評をいただいています。

一方で、失敗することもあります。機内でお好きな時にアラカルトで食事できるようにタッチパネルでオーダーするシステムを開発しました。これもお客様アンケートから生まれた一種のイノベーションでしたが、実際はほとんどの方が離陸したらすぐオーダーをされるため、タッチパネル注文のほうが通常よりサービスに時間がかかることになってしまいました。苦い経験ですが、諦めずにまた取り組んでいこうというエネルギーがANAグループにはあります。DE&Iの推進については、社長就任時に、担当部門から私に対して提案があったくらいなので、元々そういうものを打ち出していきたいという土壌が社員の中にあったのだと思います。

たじろがず、謙虚に、大それたことだと身構えない

DE&Iを実行するため、多様な人に向き合うときに大事な心構えが3つあります。

1つ目は、違う考えに出会ってもたじろがない、驚かないということです。

2つ目は、人から教えてもらい、学ぶために、謙虚な気持ちを持つことです。
人間は、自分の考えと違うものをぶつけられるとすぐには受け入れられないものです。そんな時には、たじろがず、否定するのではなく、我慢をすることが大事です。我慢することで、例えば部下の意見が自分と違っても気に障るようなことがなくなるなど、一種のトレーニングになります。

3つ目は、DE&Iは大それたことだと身構えすぎないということです。
DE&Iはイノベーションであると申し上げました。イノベーションの力で組織が変わり、企業文化が変わり、究極は社会の課題を解決する。例えば紙を留めているこのクリップは小さな発明ですけれど、世界中で長い間、使われ続けています。大それた技術革新ばかりでなく、小さなことでも結果的に職場や会社を、また人々の働き方を変え、世界を変えていくイノベーションもあると、私は常々考えています。

組織ではなく「個人」を前面に出すこと

「パーソナルブランディング」という言葉があります。私は組織に頼って仕事をするなと常々言っています。あなたの考えは、あなた個人の考えなのです。会社の資料の右肩に組織名だけ書いてあると、個人の意思の所在が見えにくい「組織の意見」となってしまいます。私は資料を作った人の名前をそこに記すように勧めています。誰が作った資料なのかが分かったほうがいいと思います。「パーソナルブランディング」とはこういうことだと思うのです。組織の意見というのは実は多様な意見があって、本当はモザイクなのです。このように組織を成り立たせている個々人の足跡が見えるように変わっていくこともまた、DE&Iを進めるうえで大事だと考えています。

様々な自由を想像し、相手を思いやる力を

母校の小学校で講演をした時、自然に子どもたちとDE&Iにつながる話になりました。「友達を仲間外れにしないのは大事だよね。だけど、一人でいたい子もいるかもしれないよね」と。インクルージョンは、仲間外れにしない、こっちへおいでよと呼びかけているよい言葉ではあるのですけれど、一人でいたいという自由もあるはずですよね。うまくコミュニケーションを取れない子どももいるから、そういうところまで、思いやりを持てるとよいと思うのです。ところが、子どもたちは私の話に違和感を持ったのだと思います。「たじろがない」というのは、自分と違う意見に慣れるということです。日本人は意見が割れている状態を心地よく思わないようなところがありますが、できる限り違う意見にも耳を傾けて、慣れることがDE&Iの実践につながります。

異なる意見を尊重し多様性を育む

異なる才能を持った人が役に立つという中国の故事があるように、多様性の尊重という価値観は決して新しいものではありません。また、西郷隆盛の「一方を聞いて沙汰するな」という言葉の通りひとつの意見を聞いてすぐ行動するのではなくて、別のチームの意見も聞く。こうしたことは企業経営の場でも求められます。また、小学校の学級会などで、周りを見ながら手を挙げるような国民性を直していくためには、勇気を出して違う意見を言ってみる、自分と違う意見にたじろがない、そういう訓練を小学校の頃から積み重ねることが必要です。

東京オリンピック・パラリンピックやラグビーワールドカップの時に、世界中の方々を日本全国で受け入れたり、子どもたちがそれぞれの国の国歌を歌ったりしましたね。日本各地の子どもたちが世界中のアスリートを身近に感じて会話をするというとても貴重な体験になりました。こういうことが繰り返されていくと、国民性も変化していくと思います。

進化していく企業とDE&I

私の中では、DE&Iは常に進化しています。DE&Iのジレンマもあります。異なる考え方を尊重しようと言いながら、学問のように、「DE&Iとはこういうものだ」と教えられてみんなが染まってしまうというのも、ちょっとおかしいですよね。違う意見だってあるかもしれません。いろいろな場面で今後も勉強を続けて、会社に合うDE&Iを作っていく。我が社なりのDE&Iを目指して、社員同士が自由に意見を出し合って作っていく。こういうことを応援していきたいと考えています。

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