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月刊 経団連 同じ空を見るということ

JOINnovator! ─DE&Iを楽しむイノベーターたち
宮田 裕章
慶應義塾大学医学部教授
Hiroaki Miyata
1978年生まれ。慶應義塾大学医学部教授。
2003年東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士(論文)。早稲田大学人間科学学術院助手、東京大学大学院医学系研究科 助教を経て、2009年4月東京大学大学院医学系研究科准教授、2014年4月同教授(2015年5月から非常勤)、2015年5月から慶應義塾大学医学部教授、2020年12月から大阪大学医学部招へい教授を兼任。
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科学の力を使って世の中をより良くすること、具体的には、データやデジタルの力を使いながら現場の医師や行政、あるいは企業の人たちと未来をつくる。そうしたことを仕事にしています。

“異質な存在”としての経験

かなり以前になりますが、外科医たちと一緒にプロジェクトを行う機会がありました。私は医師ではなくデータを扱う仕事をしているので、私の参画を懸念する声もありましたが、メンバーは“異質な存在”である私を受け入れ、一緒に未来に向けた新しいことをしようとしてくれました。

異質なものが出会うことは、通常お互いに心地よくありません。でも異質であるからこそ、現状の違いがお互いの“余白”になり得るのです。先を見据えて、その余白に何を描いていくか。それぞれのキャリアの中で積み上げてきた大切なものをお互いにリスペクトしながら、未来に向けて新たな挑戦をするというイメージを共有できたことが、今考えても重要だったと思います。

心理学では「82ルール」―大半のものが心地よいけれど、少しだけ異質性が混じる状態―が好奇心につながるとされます。異質性の割合をコントロールするということは大事です。半歩先だと心地よいけれど、三歩先だとクレイジーな世界になってしまうかもしれません。ただ実際は、かなりずれたことを求めていたとしても、それを共有できるように対話していくことも重要なのです。

多様性とは、自分自身の心地よさだけと向き合わないことです。常に自分の価値観が他者にとってネガティブなものになっていないかなど、自分自身に対して問いを立て続けることが、相手に対する関心やリスペクトにつながります。

人類が共有すべきものが可視化された

多様な人々が集まるだけでは分断が起きる可能性もあります。いろいろな人が集まると「同床異夢」になりがちです。そうした現場をいくつか経験しましたが、その中で「同じ空を見よう」という言葉が出てきたことがあります。浮かべるイメージは違っても、同じ空を見る中で、この未来に向けて何か重なりが作れないか。こうした考え方がDE&Iでは大事になっていくと思います。

必要なのは、多様でありながら未来をつなぐイメージです。完全に同じイメージを抱くことは難しくても、方向性を共有することはできます。例えば、先ほど例に挙げたプロジェクトで言えば、それぞれの思惑や衝突はあっても、患者のために最善の医療を提供したい思いは共有できる。それを共有できたときに、とても重要な方向に進んでいけるのではないかと思います。

SDGsはまさに人類が共有する目標です。われわれがこの世界を取り巻く環境も含めて共存していくために何が共有できるか。足元だけを見ると、自らの境遇や損得勘定の話になりがちですが、絶対的、普遍的に共有できるものとして、まさにコロナ禍や戦争で多くの人が再認識した人権や平和、命という軸があります。

特にこの10年で世界中が大きく変わったのは、デジタルの力でつながりが見えるようになったことです。例えば、ある製品によって便利さが享受できる一方で、その裏には搾取の構造があることも可視化されました。課題がよりリアルに感じられるようになったことで、人類が目指す方向性は共有しやすくなったといえます。

他者が大切にしているものを知りたい

この先を見ていくためには、他者が大切にしているものを一緒に大切にすることが第一歩ではないかと思います。誰かが大切に思っているものは、必ず何か心動かされるものがあり、それを知りたいという自分の好奇心もあります。相入れない部分はあるかもしれませんが、その部分に向き合ったときに意外と自分が想像もしていなかった地点に行けることが多いので、価値観が遠いものも含めて、相手が大切にしているものと向き合うことはすごく大事だと思います。

これは医療や介護にもつながる話です。例えば認知症が進行すると、今までであればQOLや健康寿命の範疇から外されて、生きることの価値を評価されてきませんでした。でも、一人ひとりが何を大切に思って生きているかは、認知症が進行しても人それぞれで、そこに寄り添うことはできるのです。散歩が好きなのか、おしゃべりが好きなのか、いろいろな価値観がある中で、それを一緒に大切にすることがやはり大事なコンセプトではないかと、介護現場の人たちと話をしています。

「相容れない」ものを活用していく

新型コロナウイルスの感染拡大に際して、SNSを使った全国調査を行いました。そもそも医学界では正しいデータを取ることが重視され、SNSのような正確性が保証されないものは「相入れない」ものと捉えられてきました。しかし、時間もコストもない中、神奈川県で先行調査を実施したところ、発熱とコロナが非常に相関していることが判明しました。そこでデータを積み上げ、学会が協力してくれるようになり、最終的には30都道府県に調査を拡大しました。コロナの実態が全くわからず、多くの人が不安を抱えていたころに、一人ひとりに寄り添いながらデータを取らせてもらうことに価値があったと考えています。

自分の中での一貫性(インテグリティ)

私の所属は大学の医学部ですが、大阪万博や新大学創設など、様々な仕事に携わっています。他の人からは一貫性がないように見えるかもしれませんが、科学というものの見方を軸に社会をより良くすることにおいては一貫していると自分自身では考えています。いわゆる多様な仕事も、楔を打つように設計していくことができれば、全然違うように見えても実はつながっていて、新たな可能性が開けていくことがあります。万博もそうですし、飛騨の大学を基点にした街づくりということで、医学以外のフィールド、例えばエネルギーやモビリティ、金融や経済、そういう人たちとも対話しているのですが、違いがあったときほどお互いに大きな変化が生まれると感じています。

また、そうした様々な仕事に関わる中で、主観と客観の併存、ウエートを意識的にコントロールすることを心がけています。人として生きる以上は、主観や情動から逃れられず、それらとうまく付き合っていかなくてはなりません。ささいなことが重なると気持ちは変化していくものですし、その変化の中に美しさがあり、感動もあります。主観的に生きながら、もう一つの視点で世界を見ることができるという強みが人にはあります。客観的に、今、自分がやっていることを把握し続けるということも大事です。クリエイターや研究者は、浅瀬をバシャバシャと泳ぐがごとくルーティンワークに飲み込まれると、「仕事をした感」ややりがいはあれど、自分を見失うことになります。そこで「深く潜る時間」をつくるようにと、よく言われます。それが客観ですね。自分のいたところをいったん離れたうえで、今、何をしているのかを振り返りながら整理する時間を持つというのは、大事であると思います。

多様な豊かさを共につくる

DE&Iという言葉自体がすごく大切な言葉ですが、あえて動詞に変換すると、「多様な豊かさを共につくる」と言えるでしょうか。今の社会、特に日本はDE&Iに対する意識が低い面があるので、この言葉を掲げ続けるとともに方向性を共有できると、われわれはよりその重要性を実感できると思います。

現時点での損得で目標設定をするのではなく、未来を見据えて、共に創造し、イノベーションを起こしていくことが求められていると思います。

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