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月刊 経団連 摩擦や葛藤を経た対話はクリエイティブな結果を生む大事なステップ

JOINnovator! ─DE&Iを楽しむイノベーターたち
篠田 真貴子
エール取締役
Makiko Shinoda
慶應義塾大学経済学部卒業、米ペンシルベニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大学国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008~2018年ほぼ日取締役CFOを務める。約1年の「ジョブレス」期間の後、2020年3月から現職。社外人材によるオンライン1on1を通じて、組織改革を進める企業を支援している。経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会」委員。
『LISTEN―知性豊かで創造力がある人になれる』『ALLIANCE アライアンス―人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』監訳。 『デュアルキャリア・カップル―仕事と人生の3つの転換期を対話で乗り越える』日本語版序文。
(紙面PDF版はこちら

エールというベンチャー企業で取締役を務めています。当社では、働く人たちのお話をじっくり聴く、つまり「聴く」という機会を届ける。そんな仕事をしています。

“多様性”にダイブして好奇心を持つ

私の初めての職場は日本の金融機関でした。今から30年以上前です。いわゆる総合職の女性がまだとても珍しいころで、300人いた同期の中に3人ほどしかいなかったと記憶しています。その後、米国の大学院(ビジネススクール)に留学し、世界中から集まった様々な国籍の人たちの中に飛び込みました。すると“当たり前”だと思っていたことが、全て“当たり前”ではなくなりました。

例えば授業の準備で5人1組のチームを組んだ際、厳しい戒律の宗教を信仰するメンバーが1人いました。チームとしては週末に集まって作業をしたいところでしたが、「日曜日は教会に行くため仕事や勉強ができない」とそのメンバーに言われたため、彼のライフスタイルを尊重してスケジュールを組みました。結果として、月曜日から土曜日の間に集中して作業を行い、日曜日にはしっかり休みを取ることができました。また、彼のおかげで、自分が知らない宗教を信仰している人に対しても、先入観なくフラットに話を聴けるようになりました。この時の経験は、外資系企業などで様々なバックグラウンドを持つ人と仕事をする際に活かすことができました。

一人ひとり「当たり前」の尺度は違う

その後に勤務した職場には中途採用者が多くいて、それぞれが前の職場での経験が当たり前だと思っているために予想外のズレが起きることがありました。例えば、有給休暇は消化すべきものと思っている人もいれば、恐る恐る取得する人もいるという具合いで、温度差があるのです。そうした差が表面化した時には、まずは皆で話し合って課題を言語化し、差やズレを明確に認識します。そうして、それぞれの差やズレを調整し、理解がそろったところで初めて、「私たちのチームでは休暇の取り方をどうする?」という話ができるのです。

多様性さえあればクリエイティビティが生まれるかというと、それほど一足飛びではありません。課題が生じたり摩擦が起きたりしますが、葛藤や不快感を抱きながらも話し合って言語化していくこと、つまり対話が、クリエイティブな結果につながる大事なステップだと思っています。

「聴く」ことは「対話する」こと

現在の会社に参画する前に、どこにも所属しない期間を意図的につくり、その間に多くの方と対話する機会を得ました。この対話は、それまでの仕事上の会議でのディスカッションや交渉とは全く異なるタイプのコミュニケーションであり、非常に新鮮で、自己理解につながりました。既知の人であっても、どこにも所属せず利害関係がない立場で会話することで、初めて知る一面やエピソードを知る機会にもなって、人間関係が豊かになる感じがしたのです。そこからあらゆることが「聴く」と結び付くようになり、自分なりに興味を持って探求しているうちに、「聴く」を事業にしている現在の会社と出会ったわけです。

聴き手の価値観や考え、価値判断が挟まってこない対話では「聴く」ということを強く実感できます。対話の途中で「それは違う」と否定されそうに感じると怖くて話せなくなります。聴き手は、自分の考えや価値観による判断をいったん横に置き、相手が自分に話している意図や背景がどこにあるのか、フラットな好奇心を持ってじっくりと聴く姿勢を持つことが大事です。それが、話し手からすると、自分の話に興味を持ってくれているという心地よさにつながります。

私たちが感じていることは、言葉で表現されているものよりずっと量が多くて豊かです。言葉では、ごく一部しか取り出すことができません。本当の対話ができて初めて、人は何か感じたり思ったりしている言葉にならないものを、安心して少しずつ言語化できるようになります。同時に、話し手も自分自身でジャッジせずに、内なる声を「聴く」ことで、自分でも気付かなかった思いや考えを言語化でき、新たな自己理解へとつなげていけるはずです。

対話とは、価値観や考えが違うかもしれないことを前提に、相手と言葉を交わすことです。共感を求める日常の会話や、最終的に一つの結論に向かうビジネスのディスカッションなどとは性質が異なります。そのため対話において必要なのは「聴く」ことなのです。

自分のバイアスを知り、意識的に修正する

「無意識バイアス」(アンコンシャス・バイアス)は、ここ数年で知られつつある概念ですが、これは元々、人間誰しもが持っている機能です。危険な場面に遭遇したときに、自分の身を守るための瞬時の判断でもあり、成長していく過程で身につけた知識や経験に基づく、とても大事な機能です。ただ、その無意識バイアスと、現在自分が置かれている環境にズレがある場合は、意識的に修正しなければなりません。

DE&I(Diversity, Equity & Inclusion)の観点でみると、例えば男女の性別役割分業、年齢で能力や価値を判断することも無意識バイアスです。また、特定の宗教や人種に対して、未知のものを怖いと思うのは人間の本能ですが、その先入観がバイアスになり得ます。生物としての人間にバイアスがあるのは自然なことですが、だからこそ、社会的存在としての自分にはどんなバイアスがあるのかを知ることが大事です。

人をその人として理解すること

私たちは個人の経験から社会の傾向を捉えがちです、そこにも無意識のバイアスがあり、それを正確に捉えきれないことのほうが多いです。例えば、会議で男女の参加比率を均等にしたいという話が出たときに、今さら性別で決める必要はないと言う人もいます。しかしながら現状は、世論を形成したり意思決定をしたりする場に女性の参加率が低いという統計があり、意図的にでも女性を入れないと偏りが生じる構造になっています。

また、同一人物のライフストーリーであるにもかかわらず、男性名で示されたときと比べて、女性名で示されたときに、その人物に対する評価が下がったという研究結果もあります。統計的な事実や自らの無意識バイアスを知らないまま、自分の経験と感覚だけでDE&Iについてジャッジすることはとても危ういことです。

DE&Iとは、「人をその人として理解すること」に尽きると思います。そのためにはまず話を聴いて対話すること。そして相手との違いを楽しめるようになれば、DE&Iを実現させた理想の社会が目の前に開けるのではないかと思います。

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