1. トップ
  2. 月刊 経団連
  3. 巻頭言
  4. 拙考

月刊 経団連  巻頭言 拙考 ―渋沢栄一に学ぶ事業創造

内田 高史 (うちだ たかし) 経団連審議員会副議長/東京ガス会長

10月1日は東京ガスの創立140周年記念日であった。この日に、創始者である渋沢栄一の今日的意義について、仏文学者、鹿島茂氏の論考をもとに拙考を述べる。

渋沢を「日本資本主義の父」へと導いた契機は、パリ万国博覧会視察とその後のパリ駐在にあった。渋沢はパリで近代的な産業・社会を息を飲む思いで見つめ、それらを日本にもたらそうと決意した。また、そのために、個別の事業だけでなく、近代社会、経済の仕組みそのものを学んだ。その師匠となったのが、在仏中、渋沢の案内役を務めたフリュリ・エラールである。

鹿島氏によれば、エラールはサン=シモン主義の銀行家であった。サン=シモンは「富はヒト・モノ・カネ・情報が流通し、循環することによって創造される」と説き、渋沢は、帰国後これを実践すべく、証券取引所や銀行を創設してカネを回し、陸海運業を興してヒトとモノを動かした。電話や郵便等の通信事業の設立にも携わり、情報の流通にも貢献した。そのうえで、損保、紡績、製紙、エネルギーなど様々な事業に取り組んだ。

また、サン=シモン主義は「産業を担う実業家や技術者が社会を導く」とも説いている。渋沢は、ほとんどの事業において、目的を達成するために最も適した人材と資本を集め、これらの事業を推進させた。自らは事業立ち上げと同時にその事業にふさわしい人物にトップの役割を委ね、次の事業に向かっている。

翻って現在の日本はどうか。失われた30年を取り戻すために伸ばすべき成長分野について、ほぼ合意が得られている。各企業は、各々の得意とする成長領域でCVC等を通じて果敢に資本を投下し、若き経営者や技術者に活躍の場を提供することで企業の成長を達成すべきではないか。さらに、渋沢が教育にも腐心したように、社員の生涯教育に力を入れることも肝要であろう。それらが渋沢の説く「個人や社会を豊かにし、生活の質や社会福祉を向上」させることにつながり、経団連の目指す「成長と分配の好循環」が実現できるのではないか。

「2025年12月号」一覧はこちら

「巻頭言」一覧はこちら