「日本の富の最大のものは、その景観美である。この永遠に尽きない景観美を、世界の人に観賞してもらえるよう工夫すれば、多くの人が訪れる。だから日本では、観光というものを優遇して、総理大臣の次に観光大臣がいるくらいにすればよい。」
当社創業者・松下幸之助が1952年の対談で語った言葉である。1954年には雑誌に「観光立国の辨」を発表し、訪日外国人が年間10万人にも満たない時代に、将来は100万人規模の来訪者を迎え、観光を日本の主要産業に育てることを構想した。その背景にあったのが「観光は最大の平和方策」という考えである。先の大戦で被害が少なかった京都・奈良を例に挙げ、景観美と文化財を博愛の精神に基づいて世界に開くことは、日本の文化性を高めるだけでなく、相互理解を通じて中立性と信頼を培う道であると訴えた。
昨年の訪日外国人旅行客数は4200万人を超え、日本は松下幸之助の構想を大きく上回る規模で「観光立国」への歩みを進めている。観光は今や、地域の経済や雇用を支える重要な社会基盤となった。他方、昨今の国際紛争の頻発による地政学リスクの高まりは、観光の持続的成長に影を落とし、企業活動においても海外事業の投資判断やサプライチェーンの確保に影響を及ぼしている。政府には、自由で開かれた国際秩序の維持・強化に向けたより一層のリーダーシップを期待したい。
企業の立場としては、これまで培ってきた民間レベルの交流を絶やすことなく、対話と協力の接点を保ち続けることが重要である。松下幸之助は海外進出にあたり、日本で培った優れた技術や経営を展開し、進出先の自立と経済発展に貢献することを第一義に据えた。そして、相手国の歴史や文化に学び、その社会に深く根差しながら信頼関係を築くことの重要性を繰り返し説いた。分断が強まる時代だからこそ、企業の国境を越えた事業活動を通じた相互理解の重要性が高まっている。
政府の第5次観光立国推進基本計画では、観光を通じた人的交流が、平和の基盤を築く国際相互理解の促進に大きく寄与すると位置付けている。企業としてもその実現に貢献することで、人と人の交流が絶えることなく、日本が世界に開かれた信頼の結節点であり続けることを強く願う。